新そよ風に乗って 〜時の扉〜
助手席のドアに手を掛けたが、明良さんが私の左手首を素早く掴んでいた。
うわっ。
驚いて振り返ると、明良さんの顔がかなり接近していて、目のやり場に困ってしまった。
「こんなに近づいたら、きっと貴博は怒るだろうなあ」
「明良さん……」
「まずい体勢だよね。こんなとこ貴博に見つかったら、それこそ袋だたきだよ」
「あ、あの……」
「大丈夫。何もしないって」
こんな時、何と言っていいのか返答に困る。
黙ったまま明良さんを見ていると、明良さんは笑いながら運転席のシートに背中を預けながらこちらを見た。
「隙が多いんだ。陽子ちゃんは」
「えっ?」
「それでいて、慎重派」
私が、慎重派?
「だから、仮に俺が貴博に彼女はいないといったとしても、陽子ちゃんは100%信用出来ないと思う」
「そ、そんなことないですよ。私、明良さんのこと、そんな風に思ったことなんてないです」
何を言い出すんだろう。明良さん。まったくよくわかってない私のこと。
「表面上の信頼関係じゃない。陽子ちゃんの内面だよ」
「私の内面……ですか?」
「そう。性格的に、陽子ちゃんは多分、貴博に直接聞かないと納得出来ない。つまり安心出来ないと思うから」
明良さん……。
「だから、直接貴博に聞いてごらん?」
「ちょ、直接だなんて、む、無理です。絶対無理ですから」
「無理かどうかは、貴博の前に立ってみなければわからないよ。心の葛藤に陽子ちゃんが勝てれば、貴博に聞けるんじゃない?」
心の葛藤?
「心の葛藤って、どういうことですか?」
「ん? それは陽子ちゃんが、貴博の前に立ってみればわかるから」
高橋さんの前に立ってみればわかるの?
物思いに耽っていたからだろうか。いつの間にか明良さんが運転席から降りて、助手席のドアを開けてくれていた。
「すみません。ありがとうございます」
「陽子ちゃん。またね」
「はい。明良さん。高橋さんと星川さんによろしくお伝え下さい」
「了解。それじゃ」
明良さんの車を見送りながら、あの車は高橋さんの車で、車内には何も置かれていなかったこと。掛かっていたミュージックが素敵だったこと。そんなことを思い出しながら部屋に入り、昨日からのことを思い出してはニヤニヤしたり、ドキドキしたり、時に本配属のことは教えてくれなかったことを思い出してはガックリ項垂れてしまったり、その繰り返しをしながら掃除や洗濯をして週末を過ごしていた。
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