新そよ風に乗って 〜時の扉〜
地下から地上に出た車は、ちょうど散りかけた八重桜が春風に舞って、花びらの吹雪を作っていた。その花びらの何枚かが、信号待ちでフロントガラスに舞い落ちた。
「あの……」
「ん?」
信号待ちの間、高橋さんがこちらを向いたので目が合ってしまい、慌てて正面を向いて視線を逸らせる。
「この車は、どなたのなんですか?」
「俺のだ」
「えっ? 高橋さんの車なんですか?」
ということは、車通勤してるということ?
「そうだ。何か、文句あるのか?」
も、文句あるのか? とか、急に聞かれても……。
「な、ないです。何もないです」
さっき、まずいことを言ってしまった。「行き先もわからないまま、どなたのものなのかもわからないような車には乗れません」などと、高橋さんに食って掛かってしまった自分を大いに反省し、それからは黙って車に乗っていたが、何かが真上を飛んでいるような大きな振動とともに音がして、助手席の窓から空を見上げると、前方に見えるトンネルの真上、もう10メートルあるかないかのギリギリの高さのところを飛行機が飛んでいた。
「近いところを飛んでいるだろう?」
「は、はい」
「あれは、離陸したばかりの飛行機だ。おっ。ちょうど前方のトンネルの上を低速で飛行機が移動するぞ」
見ると、先ほどのトンネルの上をゆっくりと飛行機が左から右に移動している。尾翼には、全日本トラベル空輸の頭文字を取った、ATAのマークが付いている。
「着いたぞ。降りて」
「はい」
駐車場に車を入れた高橋さんが助手席のドアを開けてくれると、また真上を飛行機が飛んでいった。会社の顔というのは、空港のことだったんだ。
「こっち」
「は、はい」
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