新そよ風に乗って 〜時の扉〜
振り返ってみると、奥の右端にチャコールグレーのピンストライプのスーツにブルーのワイシャツ、クリーム色に薄い同色のドット柄のネクタイを締めた高橋さんが乗っていた。
そうか。高橋さんは車だから、地下2階から乗ってきてたんだ。
「おはようございます」
「あっ、お、おはようございます」
「おはよう」
慌てて挨拶をしたので、咬んでしまった。
「私、矢島さんと同期で、総務に仮配属になっている神田まゆみと申します。よろしくお願いします」
神田さん?
「会計の高橋です。こちらこそ、よろしくお願いします」
何だろう。何でこういつも高橋さんは、朝から爽やかな感じで接してくれるんだろう。それが、誰にでもいつも同じ態度で……。
「つかぬ事を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい。何か」
神田さんの言葉に、微笑んでいた高橋さんの表情が少し真剣になったのが見て取れた。
「高橋さんは、今週末の旅行は、ご参加でいらっしゃいますか?」
神田さん。凄いパワーのある人だとは思ってたけれど、勇気あるなあ。
「今週末の旅行ですか? 今のところ参加する予定ですが、何かありますか?」 
今度は逆に、神田さんが聞き返されてしまった。
神田さん。大丈夫かな。 
「すみません。深い意味はないです。ただ、陽子……いえ、矢島さんが高橋さんは旅行に参加するのかどうか、知りたがってたものですから」
エッ……。
「ちょ、ちょっと、か、神田さん!」
そんなこと、知りたいとも聞いてとも頼んでないのに。何なの? 
「それじゃ、お先に」
ハッ?
「陽子。しっかりね」
うわっ。
18階に着いてしまい、小声で私にそう言うと、神田さんは降りていってしまった。
どうしよう。まともに高橋さんの顔が見られない。早く22階に着いて欲しい。こんな気まずい空気じゃ、息が詰まりそう。
「矢島さん」
「は、はい」
名前を呼ばれて、恐る恐る慌てて振り返ると、高橋さんが前髪を左手で掻き上げながらこちらを見ていた。
何だろう?
私、何かしてしまった? 
でも、エレベーターに乗っただけで、まだ仕事もしていないし……。
「まだIDカードをスリットしてないから話すが……」
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