新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「社内旅行の出し物? ですか?」
「そう。有志で参加するんだけど、新人男子が芸をする後ろで、新人女子はポンポン持って応援する感じなんだけれど」
ポ、ポンポン持って応援?
思わず、チアガールの姿が目に浮かんで、それを自分に置き換えてみてすぐに打ち消した。
「あ、あの、私は無理です」
あまり、激しく動けないし……。
「えっ? 何で? 殆どの新人女子は参加するよ?」
昔からこういうのは苦手だったし、絶対無理だ。
「そ、そうなんですか。でも私、ごめんなさい。ちょっと無理です」
「だけどさ、みんなが参加するのに一人だけ参加しないのって、何かおかしくない? それに、周りからも団結心ないって思われちゃうよ?」
そんなこと言われても……。
「ごめんなさい。私、あまりこういうこと出来なくて」
やんわりと断ったつもりだった。
「でも経理だけ新人一人不参加って、恥ずかしくない? 俺、経理のリーダーとしても恥ずかしいよ」
そんな……。
恥ずかしいと言われても、無理して参加してみんなに迷惑掛けるよりは、まだ最初から不参加の方がましな気がする。
「後ろでポンポン振って応援するだけだし、練習も一日だけだから頼むから参加してくれよ」
どうしよう。そんなに懇願されても……。でも参加しなければ、近藤さんは経理のリーダーとして面子が保てないのかな? だけど、不安ばかりが先立つ。乾燥しているホテル内。埃が舞うポンポン。でも、端の方に居て無理だったら途中でやめて退場するとかなら……。
「あの……」
「近藤。一点確認させてもらっていいか?」
「は、はい」
高橋さん?
私の言葉に被せるようにして、高橋さんが近藤さんに話しかけていた。
「有志とは、何を指してる?」
「はい。それは、自分の意志がある人のことです」
「そうだな。しかし、その前提にあるものは何だ?」
前提にあるもの?
「前提にあるもの……ですか?」
「そうだ」
高橋さんは、それまで書類を片付けていたが、近藤さんに話しかけてからはその手を止めて、机に両肘を突いて両手でペンを持ちながら近藤さんを見据えていた。
前提にあるものって、何だろう?
すると、高橋さんが立ち上がって私の席の方へと歩いてくると、近藤さんの目の前に立った。
「近藤。それが、一番重要なことだぞ」
高橋さん。
「すみません。わかりません」
「有志とは、ある物事に関心をもって、関わろうとする意志のあること。即ち、その人がその物事に関わろうとする意志があるか、ないか。もし、その人に関わろうとする意志がないのに、それでも関わって欲しいと願ったりすることは、それは強要という」
「……」
近藤さんは、驚いた顔をして高橋さんの顔を見た。
「有志参加と謳いつつ、みんなが参加しているのに一人だけ参加しないのは、おかしいことか? 一人だけ参加しないのは、恥ずかしいことなのか? それは、あくまで近藤の意志であって、他人の目を気にして何か言われるのが嫌だ等という考え方を持つこと自体、よっぽどおかしくないか?」
高橋さん……。
「ですが……」
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