新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「さっきの話だが……」
あっ、きっと旅行のことだ。
「あっ、はい」
「さっき矢島さんが言ったことは、本心か?」
エッ……。
「あの……」
「社内旅行に自分が行かなければ、それで丸く収まると思ってないか?」
「お、思ってないです。ただ……」
ただ、近藤さんに言われたことを考えると、私が行かない方が……。
「ただ、何だ?」
「その……。あまり最初から、そんなに行きたいと思ってなかったんです。みんなが行くから私も行こうかなと思っただけなんで。だから、近藤さんがおっしゃってたこともありますし、それだったら行かなくていいかなと思ったんです」
「……」
何か、まとまりのない言い方になってしまったからか、高橋さんは黙ったまま私をジッと見ている。もっと、ちゃんと説明した方がいいかもしれない。
「あの、有志参加のことで……」
「いつも、そうして逃げてきたのか?」
エッ……。
「そうやって、自分が我慢すればいいと思って生きてきたのか?」
高橋さん……。
「矢島さんは、誰のために社内旅行に行こうとしてたんだ?」
「それは……」
そんな……。
『いつも、そうして逃げてきたのか? そうやって、自分が我慢すればいいと思って生きてきたのか? 矢島さんは、誰のために社内旅行に行こうとしてたんだ?』
高橋さんの言葉が、頭の中でリフレインしている。
急にそんなこと言われても、何て応えたらいいのかわからない。そんなこと、じっくり考えたこともなければ、振り返ったこともないし、まして誰のために社内旅行に行くのかなんて、そこまで考えてもいなかった。
「あの、私……そこまで考えてなくて、ただ参加すればいいのかな? ぐらいにしか思ってなかったものですから」
本心だった。誰のために社内旅行に行くのかなんて、ただ漠然と行けばいいのかな? ぐらいにしか……。
「正直なんだな」
「えっ?」
目の前に座っている高橋さんが、両手を組んで両肘を長机に突きながら私を見ていた。けれど、その瞳は先ほどの近藤さんを見ていた時と違ってそんなに鋭くはない。だが、高橋さんの瞳から目を逸らすことは出来ずにいた。
「実は、俺も差し当たって誰のために社内旅行に行くのか考えたことはない」
「そ、そうなんですか?」
「だが……」
言葉を切った高橋さんの目が、少し鋭くなった気がした。
「誰かに気兼ねして参加するとか、しないとか、そんなことは一度も考えたことがない。自分が参加したいからする。自分が参加したくなければしない。その二択しか、俺の中にはない」
高橋さん。
「自分で決断出来ないことは、他人はもっと決断し難い。故に他人は潜在的な自分の意向を含んだ気持ちを伝えてくる。それが正しいかどうかは、その時のケース・バイ・ケースだろう。だが、最終的決断をするのは自分であって他人ではないんだ。他人が結論づけてくれたことが、たとえ自分の意に反していても従うのも一つの方法としては良いのかもしれない。だが、それは自分の本心に蓋をすることになる。だとすると、やはりそれは逃げていることと変わらないんじゃないか?」
こういう場合、何て応えたらいいんだろう。言葉が咄嗟に出て来ない。
「矢島さんを責めているわけじゃない。だが、自分で意思表示がまだ出来ない年齢ではもうない。自分の意見はしっかり持ち、それで他人の意見にも耳を傾けてこそ、社会人というものじゃないのか?」
「すみません。私……」
あっ、きっと旅行のことだ。
「あっ、はい」
「さっき矢島さんが言ったことは、本心か?」
エッ……。
「あの……」
「社内旅行に自分が行かなければ、それで丸く収まると思ってないか?」
「お、思ってないです。ただ……」
ただ、近藤さんに言われたことを考えると、私が行かない方が……。
「ただ、何だ?」
「その……。あまり最初から、そんなに行きたいと思ってなかったんです。みんなが行くから私も行こうかなと思っただけなんで。だから、近藤さんがおっしゃってたこともありますし、それだったら行かなくていいかなと思ったんです」
「……」
何か、まとまりのない言い方になってしまったからか、高橋さんは黙ったまま私をジッと見ている。もっと、ちゃんと説明した方がいいかもしれない。
「あの、有志参加のことで……」
「いつも、そうして逃げてきたのか?」
エッ……。
「そうやって、自分が我慢すればいいと思って生きてきたのか?」
高橋さん……。
「矢島さんは、誰のために社内旅行に行こうとしてたんだ?」
「それは……」
そんな……。
『いつも、そうして逃げてきたのか? そうやって、自分が我慢すればいいと思って生きてきたのか? 矢島さんは、誰のために社内旅行に行こうとしてたんだ?』
高橋さんの言葉が、頭の中でリフレインしている。
急にそんなこと言われても、何て応えたらいいのかわからない。そんなこと、じっくり考えたこともなければ、振り返ったこともないし、まして誰のために社内旅行に行くのかなんて、そこまで考えてもいなかった。
「あの、私……そこまで考えてなくて、ただ参加すればいいのかな? ぐらいにしか思ってなかったものですから」
本心だった。誰のために社内旅行に行くのかなんて、ただ漠然と行けばいいのかな? ぐらいにしか……。
「正直なんだな」
「えっ?」
目の前に座っている高橋さんが、両手を組んで両肘を長机に突きながら私を見ていた。けれど、その瞳は先ほどの近藤さんを見ていた時と違ってそんなに鋭くはない。だが、高橋さんの瞳から目を逸らすことは出来ずにいた。
「実は、俺も差し当たって誰のために社内旅行に行くのか考えたことはない」
「そ、そうなんですか?」
「だが……」
言葉を切った高橋さんの目が、少し鋭くなった気がした。
「誰かに気兼ねして参加するとか、しないとか、そんなことは一度も考えたことがない。自分が参加したいからする。自分が参加したくなければしない。その二択しか、俺の中にはない」
高橋さん。
「自分で決断出来ないことは、他人はもっと決断し難い。故に他人は潜在的な自分の意向を含んだ気持ちを伝えてくる。それが正しいかどうかは、その時のケース・バイ・ケースだろう。だが、最終的決断をするのは自分であって他人ではないんだ。他人が結論づけてくれたことが、たとえ自分の意に反していても従うのも一つの方法としては良いのかもしれない。だが、それは自分の本心に蓋をすることになる。だとすると、やはりそれは逃げていることと変わらないんじゃないか?」
こういう場合、何て応えたらいいんだろう。言葉が咄嗟に出て来ない。
「矢島さんを責めているわけじゃない。だが、自分で意思表示がまだ出来ない年齢ではもうない。自分の意見はしっかり持ち、それで他人の意見にも耳を傾けてこそ、社会人というものじゃないのか?」
「すみません。私……」