新そよ風に乗って 〜時の扉〜
二人とも、何でそんなに荷物少ないの? 着替えとか持ってきてないのかな? いや、そんなことはないはず。おしゃれな高橋さんに限って、ずっとスーツとワイシャツで過ごすはずがない。中原さんだって結構おしゃれだし……。
IDカードをタイムレコーダーにスリットさせて、エレベーターの前まで歩いていると、高橋さんが事務所の鍵を閉めて後ろから追いついてきた。そして、右手に持っていた私の巨大なバッグを引っ張った。
「あの……」
「手を離せ」
「あの、自分で持てますので、大丈夫ですから」
そんな、上司に荷物を持たせるなんて、絶対誰か見てたら何を言われるかわからない。まして、SPIの高橋さんに……。
「いいから」
「でも……」
結局、力では適わないので、高橋さんが私の巨大なバッグを持ってくれた。何だか申し訳ない気持ちと、どうか、エレベーターが他の階で停まりませんようにと祈っていた。
しかし、祈りむなしく三フロアに停まり、その都度何人かの人が乗ってきてしまった。その人たちは一階で降りたので、地下三階まではまた三人だけになってホッとしていた。
「それじゃ、車取ってくるから此処で待っててくれ」
「はい」
「あっ……」
「どうしたの?」
自動ドアが開いて、高橋さんが暗闇の駐車場に姿を消した途端、思い出して声をあげていた。
「あの、バッグを高橋さんに持たせたままで……」
「そう。でも、いいんじゃない?」
「でも……」
やっぱり、何だか気が引ける。
「だってさ、たとえ矢島さんが今、私が持ちますと言ったところで、高橋さんはきっとそのまま車まで持って行ったと思うよ。そうですか。それじゃ、どうぞ。なんて男は、よっぽどでない限り居ないと思うし」
「そうでしょうか。でも部下が上司に荷物を持たせるなんて」
「こういうときは、上司も部下もないんじゃない? 仕事中じゃないんだから」
「はあ……」
中原さんの言っていることもよくわかるが、それでもやっぱり気が引けていた。
そんなことを考えていると、エレベーターホールの前に高橋さんの車が停まった。
「中原。荷物トランクに」
「はい。ありがとうございます」
「矢島さん。乗って」
「はい。あの……」
「ん?」
行きかけた高橋さんを呼び止めると、直ぐに振り返った。
「すみません。バッグ持っていただいてしまって……」
「フッ……。行くぞ」
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