新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「あっ、はい」
高橋さんは優しく微笑むと、後部座席のドアを開けてくれた。
「すみません。ありがとうございます」
中原さんが助手席に乗って、車は社内旅行の会場のホテルへと向かったが、意外にもゴールデンウィーク前なのに道路は空いていて、思った以上に早く着いたと高橋さんと中原さんが話していた。

会場に着くと受付があって、所属と名前を言うと、そこで初めて部屋のカードキーと部屋番号を知らされて二人部屋の場合は、同室の人の名前も知らされるという、ちょっとスリリングな体験を最初から味わう。
「矢島さんは……。経理だから25階の……2504です。これが旅行のプログラムが書いてあるパンフレットです。よく読んでおいて下さいね」
「はい。ありがとうございます」
「あっ。同室は、財務の山中光子さんですから」
エッ……。
財務の山中さんって、同じ財務の黒沢さんの後輩で……。
「ちょっと、オミツ。誰と一緒の部屋?」
この声は……。
「えーっと、会計の矢島さん? 新人の子でしょうか」
嘘。私のことだ。
「そう。ちょっとさ、悪いんだけど部屋変わってくれない?」
「部屋ですか? 折原さんは、どなたと一緒の部屋なんですか?」
横を見ると、受付で部屋の鍵と折原さんが財務の山中さんと話をしていた。
「うん。あなたも仲良しの河本さん。だからいいでしょ?」
「でも、河本さんに聞いてみないと……」
「大丈夫よ。河本さんだって、きっと私よりオミツの方がいいって言うに決まってるわよ」
「そうですかね? 私もあまりよく知らない新人よりは、河本さんの方が……」
「でしょう? それじゃ、決まりね。ちょっと、幹事さん。此処と此処、諸事情によりチェンジだから。黙ってチェンジするより、ちゃんと言った方がいいわよね、幹事さん?」
「わ、わかりました」
折原さんの有無を言わせない圧倒的な存在感には、いつも驚きと共に憧れてしまう。
「ありがとう。それじゃ、オミツ。カードチェンジ」
「はい」
「それじゃ……。おお、ちょうど良かった。矢島ちゃん。お疲れ様」
「お、お疲れ様です」
受付から一歩下がって見ていた私に、折原さんが気付いた。
「聞いてた?」
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