新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「ほら。私、飲んだくれて帰ってくるかもしれないから、先に寝てたら悪いでしょ?」
の、飲んだくれてって。
「折原さん。お酒お好きだとは聞いてましたが、そんなに強いんですか?」
折原さんの容姿からも、何となくだけどお酒強そうな感じがする。
「高橋ほどじゃないけどね」
はい?
「た、高橋さんって。だって、高橋さんは男性ですよ」
「アッハッハ……。そりゃ、そうだ。だから、そこそこってことよ」
「ああ、びっくりしました。そうですよね。男性とは、比較にならないですから」
「そうだね。着替えたら、私達も宴会場に行こう」
「はい」
荷物を窓際の床に置いて着替えをしていると、折原さんが私のバッグを覗き込んでいた。
「なーにを、そんなに持って来たの?」
「えっ? いえ、普通にいつも使っているものを……。一応、携帯用にしてみたり、化粧品は省けるものは省いて、小分けに詰めてきたんですけれど。でも、何かいつも旅行とか行くと荷物多くて」
「そうなの。矢島ちゃんは、心配性なんだね」
「そうかもしれません。あれもこれも手放せなくて、結局全部持ってきてる感じです」
「まあ、重量制限があるわけじゃないから。さて、そろそろ行こうか」
「はい」
宴会場に向かうと、大人数だから立食形式かと思っていたら、一人、一人ちゃんと席が用意されていて、私の席も会計の所にあるはずだと折原さんが教えてくれた。
エッ……。
折原さんとは経理の一角の途中まで一緒に来たが、担当が違うので途中で別れて会計のテーブルに向かったが、私の席がない。
何で?
だが、よく見ると、矢島陽子様という札がテーブルの上に置かれている。だけど、そこに座っていたのは……土屋さん。
その土屋さんは、隣の高橋さんに盛んに話しかけていて、後ろに立っている私に気づかない。
どうしよう……。
「土屋さん。ちょっと立ってもらえますか?」
「まあ……私、今日は旅行だからお洒落してきてないんですよ?」
そう言いながら、立ち上がった土屋さんの服装は、ISSAI-MIYAKOのプリーツが沢山刻まれた感じの鮮やかな赤の上下で、両肩は尖った感じの上で、下はロングスカートだった。
凄いお洒落してきてるんだ。私なんて……。
「いえ、此処は矢島さんの席なので」
「えっ? あら、来たの? 今、どくから」
「すみません」
「謝ることはない。此処は、矢島さんの席だ」
高橋さん。
「そ、そうよ。お邪魔したわね。高橋さん。それじゃ、また後で」
圧倒されそうな土屋さんのパワーと、香水のきつさにむせてしまいそうだった。
「何が、それじゃ、また後で……ですよね。もう一生来なくていいですよ」
中原さんが、土屋さんの口調を真似しながら言っている。それが特徴をとてもよく掴んでいて、思わず顔が緩んでしまった。
「中原」
そんな中原さんを、高橋さんがやんわりと窘めている。
高橋さんと中原さんの関係って、兄弟みたいで何かいいな。
「矢島さん。座って」
エッ……。
「あっ、は、はい」
そうだった。今、気づいてしまった。私の席は、高橋さんの隣。その向こうに中原さんが座っている。これって、ずっと宴会が終わるまで一緒なわけで……。これからのことを考えただけで、ドキドキする。
そういうしているうちに宴会が始まり、社長の挨拶から始まって乾杯をすると、一斉に席に前菜が運ばれてきた。
うっ……。
苦手なチコリだ。サーモンは食べられるけど、チコリが沢山まとわりついていて食べられない。
「食べないのか? 具合でも悪いか?」
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