新そよ風に乗って 〜時の扉〜
食べない私を見て、高橋さんに顔を覗き込まれた。
「いえ、大丈夫です。ちょっと、チコリが苦手で……」
「そう。ちょっと癖があるかもしれないな。だけど、チコリの花は綺麗なんだよな」
「えっ? そうなんですか?」
チコリの花なんて、見たことない。
「野生のチコリの花は、本当に鮮やかなブルーの花が咲くんだ。ちょっと想像出来ないだろう?」
「はい。全然知らなかったです」
「高橋さん。よくご存じですね」
中原さんも、感心している。高橋さんは、物知りだ。
前菜の後は、苦手なものは出て来なかったのでホッとした。
そして、食事の後は、各有志の出し物のコーナーとなり、普段偉い人で近寄りがたかった部長や課長が、お笑いコンビを結成して会場を笑わせてくれたりして、会場は驚きと楽しさでいっぱいだった。
「では、続いてのコーナーは、この春、めでたく我が社に入社した新人による出し物です。皆さん拍手をお願いします」
無意識に拍手をしたが、何となく周りの視線が気になった。
私だけ出てないんだ。だから、何であの子は出ていないの? という声が、経理のあちらこちらから聞こえてきた。
「偉そうに、高橋さんの隣なんか座っちゃってね」
嫌だな、この雰囲気。
「今時の子だから、所謂、怠いとかそんな感じで断ったんでしょ」
「新人みんなで昨日だか一昨日、一生懸命練習してたのを私、知ってるから、何か嫌だわ。よりによって経理の新人一人だけ不参加だなんて」
後ろから、黒沢さんと土屋さんの声が聞こえる。みんなの視線が一斉にこちらに向いているようで、顔を上げられない。
耐えられない……駄目。
膝の上に掛けていたナプキンを取って椅子の上に置いて、席を立った。
もう、居たたまれない。
「何処に行く」
エッ……。
席を離れようとした私の左手首を、高橋さんが掴んでいた。
「あの……」
「座って」
「あの、私……」
「いいから座れ」
高橋さんが手首を掴んでいる手に少し力を入れ、私を無理矢理座らせた。
「観ることが、お前の義務とは言わない。だが、気持ちは参加しろ」
ステージのスピーカーから流れてくる音が大きくて、少し高橋さんがこちらに顔を近づけていた。
うわっ。ち、近過ぎですって、高橋さん。
「観ながら聞いてくれ」
エッ……。
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