新そよ風に乗って 〜時の扉〜
思わず横に座っている高橋さんの方を見ると、首をステージの方に傾げて私に観るよう促した。
「いいか? 参加しなかったことは、決して悪いことではない。だが、誘ってくれた近藤の気持ちも汲んでやれ。もし、お前がどうでもいい相手だったら、声すら掛けなかっただろう。確かに、近藤は保身に走って実際そこまで考えていなかったかもしれない。だとしても、そう思ってやった方が自分自身も楽になれないか? 縁あってこの会社に同じ時期に入社した者同士として、言わずとも譲る心も相手を立てることの一つだ。
譲る心……。
「もう一度言うが、相手は、そこまで深く考えていないのかもしれない。だとしても、黙って相手を立てる。それが相手に伝わらない行動であっても、言動であっても、そして、それが一生相手に伝わらなかったとしても、それでも自分の心には刻まれている。そういう見えない部分の配慮が出来てこそ、社会人だと俺は思う」
相手に伝わらない行動であっても、言動であっても、そして、それが一生相手に伝わらなかったとしても、自分の心には刻まれている……。何か、凄い。
「たとえ相手に自分の思いや気持ちが伝わらなかったとしても、自分の中で納得出来ていればそれでいい。世の中、社会に出て歳を重ねれば重ねるほど、理不尽なこと、やるせないことが増えていくと思う。俺自身、そう感じることが増えたのも事実だ。だが、それを自分の中で、どう消化していくかが、それ以上に問題で重要だ」
高橋さんの言葉が、頭の中でリピートした。
自分の中で、どう消化していくかが、それ以上に問題で重要?
「参加することが善、不参加は悪等という、排他的論理和のような答え俺は間違っていると思う」
「排他的論理和……ですか?」
何のことなのか、さっぱりわからなかった。第一、この言葉すら初めて聞いた。
「排他的論理和っていうのは、数学論理学において、与えられた二つの命題があったとして、私は新入社員であると私の22歳以上であるという二つの命題の排他的論理和は、これらのうち一方のみが成り立つというもので、私は新入社員あり22歳以上であるもしくは、私は新入社員であり、22歳未満であるとなる。どちらか一方のみが成り立つという論理演算のことを排他的論理和というんだが、この場合、新入社員ということだけが成り立ち、22歳以上という条件は加味されない。実際、数字が両者に入るわけだが」
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