新そよ風に乗って 〜時の扉〜
秘密
あの明良さんという人、私を覚えている?
あの頃のことを思い出しただけで、手足が震えている。決して悪い事をしたわけではないので、後ろめたいことはないけれど……。
高橋さんには申し訳ないが、トイレから戻ったら明良さんという人がもう居なくなっていれば良いと願ったが、その願いは脆くも打ち砕かれ、高橋さんの隣にはまだその人の姿があった。
「すみません。お待たせしました」
「それじゃ、行こうか。明良も、一緒に食事していくことになったから」
黙ったまま頷いたが、その動作がぎこちなかったことに、自分でも気づいていた。
「ああ、紹介する。俺の学生時代からの友人の、武田明良」
「こんにちは。武田明良です。よろしく」
「あの……初めまして。矢島陽子です」
「明良。イタリアンでいいか?」
「おう。何でもござれ」
歩調の速い高橋さんと明良さんという人の会話を、二人の背中を見つめるようにして聞きながら、先ほどの会話の内容に疑心暗鬼になっている。明良さんという人は、私のことを覚えていると言ったがそれは勘違いだったのか? 普通に挨拶を交わした。しかし、初対面にしての第一声にしては 「初めまして」 という言葉が最初に付かなかった。それは、省略して言わなかったのだろうか? それとも……。
「何、食べる?」
エッ……。
案内された席に着いたものの、上の空だった私に高橋さんがメニューを広げて見せてくれていた。
「はふっ……」
慌てて応えようとしたが、焦っていて上手く言葉が続かず、まるで空気を呑み込むような間抜けな声を発してしまった。
「どうかしたのか?」
「い、いえ。何でもありません」
高橋さんがテーブル越しに私の顔を覗き込んだが、何かを悟られそうな気がして咄嗟に背筋を伸ばしている自分にまた焦る。
「俺、お邪魔だった?」
「ハッ?」
高橋さんと思わず目が合い、そのまま前に視線を移す。
「た、武田さん。何をおっしゃっているんですか」
「明良でいいよ。みんなそう呼ぶから」
「はあ……」
テーブル越しではあったが、間近で明良さんと視線が合ってしまい、何も言えなくなってしまった。
「矢島さんも明良も、ランチでいい?」
「任せる」
「はい。お願いします」
ランチをオーダーした後も、何時、明良さんから何か言われるんじゃないだろうか? という思いでビクビクしながら会話を続け、運ばれてきたランチも味わう余裕すらないまま、ひたすら高橋さんと明良さんの会話に耳を傾け、あまり言葉を発しないまま、食後に運ばれてきたコーヒーを飲んでいると、高橋さんが席を立って行ってしまった。
あの頃のことを思い出しただけで、手足が震えている。決して悪い事をしたわけではないので、後ろめたいことはないけれど……。
高橋さんには申し訳ないが、トイレから戻ったら明良さんという人がもう居なくなっていれば良いと願ったが、その願いは脆くも打ち砕かれ、高橋さんの隣にはまだその人の姿があった。
「すみません。お待たせしました」
「それじゃ、行こうか。明良も、一緒に食事していくことになったから」
黙ったまま頷いたが、その動作がぎこちなかったことに、自分でも気づいていた。
「ああ、紹介する。俺の学生時代からの友人の、武田明良」
「こんにちは。武田明良です。よろしく」
「あの……初めまして。矢島陽子です」
「明良。イタリアンでいいか?」
「おう。何でもござれ」
歩調の速い高橋さんと明良さんという人の会話を、二人の背中を見つめるようにして聞きながら、先ほどの会話の内容に疑心暗鬼になっている。明良さんという人は、私のことを覚えていると言ったがそれは勘違いだったのか? 普通に挨拶を交わした。しかし、初対面にしての第一声にしては 「初めまして」 という言葉が最初に付かなかった。それは、省略して言わなかったのだろうか? それとも……。
「何、食べる?」
エッ……。
案内された席に着いたものの、上の空だった私に高橋さんがメニューを広げて見せてくれていた。
「はふっ……」
慌てて応えようとしたが、焦っていて上手く言葉が続かず、まるで空気を呑み込むような間抜けな声を発してしまった。
「どうかしたのか?」
「い、いえ。何でもありません」
高橋さんがテーブル越しに私の顔を覗き込んだが、何かを悟られそうな気がして咄嗟に背筋を伸ばしている自分にまた焦る。
「俺、お邪魔だった?」
「ハッ?」
高橋さんと思わず目が合い、そのまま前に視線を移す。
「た、武田さん。何をおっしゃっているんですか」
「明良でいいよ。みんなそう呼ぶから」
「はあ……」
テーブル越しではあったが、間近で明良さんと視線が合ってしまい、何も言えなくなってしまった。
「矢島さんも明良も、ランチでいい?」
「任せる」
「はい。お願いします」
ランチをオーダーした後も、何時、明良さんから何か言われるんじゃないだろうか? という思いでビクビクしながら会話を続け、運ばれてきたランチも味わう余裕すらないまま、ひたすら高橋さんと明良さんの会話に耳を傾け、あまり言葉を発しないまま、食後に運ばれてきたコーヒーを飲んでいると、高橋さんが席を立って行ってしまった。