新そよ風に乗って 〜時の扉〜
慌てて高橋さんに付いてく。
とても静かな階で、通路には誰も居ない。経理の階や総務の階とは大違いだ。高橋さんと自分の足音がやけに響いている気がした。
しかし、後ろからエレベーターが到着した音がしてドアが開くと、何人かの人が降りたのか、一気に複数の足音が後ろから聞こえてきた。
何となく後ろを振り返ると、何処かで見たことある人が後ろから歩いてきていた。
誰だっけ? あの人……何処かで見た気がする。何処だったんだろう?
あっ……あの人。
もう一度、振り返って確かめて慌てて前を向いた。
確か、新入社員教育で貰った役員一覧に載ってた人だ。
うっそー。まさか、同じ会議に出席するなんてことはないよね。
一抹の不安を抱きながら、高橋さんがドアに大会議室と書いてあるドアの前で止まった。
こ、此処?
こんな立派なドアの部屋に、私も入るの?
「あの……」
「緊張するな。相手はみんな人間だ。矢島さんを、とって食ったりしない」
はい?
ドアノブに左手を掛けた高橋さんが、一瞬、私に優しく微笑むと直ぐに真顔になって、ドアノブから手を離してノックを素早く3回するとドアを開けた。
「入って」
「は、はい」
高橋さんに促されて大会議室の中に入ると、そこはまるでテレビに出てくるような世界だった。
嘘……。
大きな楕円形のテーブルが室内の大半を占めながら、それに付随する大きな背もたれの椅子。それと共に前に置かれた席札が、主が着席する時間を待っていた。
「た、高橋さん」
「このレジメを席札の置いてある場所に、席次順じゃなくていいから1部ずつ置いていってくれ」
「あっ、はい」
良かった。席次順と言われたら、まだよくわからないから。社長と副社長、専務の順のように、ハッキリ冠が付いていないと間違えてしまいそうで……。
レジメを置き終わった頃には、続々と偉い人達が会議室に入って来て席に着いている。先ほどの役員一覧に載ってた人も居る。私と同じように一緒に来た社員は、後ろの壁際に用意されたパイプ椅子に座るようにと、恐らく総務の人だと思うが指示してくれたのでそれに従い、高橋さんの真後ろに座った。
私と同じようにパイプ椅子に座っている人を見ると、新入社員らしき人も居れば、10歳ぐらい上の人も居て、その所属によって様々だった。会議に出席する人だけという所属もあった。
「それでは、5月の定例取締役会を始めます。まず、最初に……」
て、定例取締役会?
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