新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「そうは申しておりません」
「それじゃあ、海外はもう諦めて国内線に力を入れた方が無難だということかね?」
いろんな人が口を挟んでくるが、高橋さんは動じない。凄いな。
「確かに、国内線の需要は安定しておりますが、それだけでは黒字転換へのスパンが長くなるだけです。国内線の需要の安定を図りつつ、更に国際線の需要を段階的に高めていくことが最大のポイントだと思います」
「だが、今の話だと国際線は頭打ちになりそうなんだろう? 八方塞がりなんじゃないのかね?」
「頼みの綱は、まだあります」
「高橋君。何だね? その頼みの綱というのは」
社長が身を乗り出すように、高橋さんに話し掛けた。
「はい。それは、新興国です」
「新興国?」
会議室内が一斉にざわめき出し、隣同士でヒソヒソと話し出す役員も居た。でもそれは、とても歓迎している雰囲気には見えない。
「高橋君。本気で言っているのかね?」
その空気に堪りかねたのか、経理部長が高橋さんに大きな声で問い質した。
「無論です」
高橋さん……。
「ほう。新興国とは、また随分斬新な視点だな。その根拠を是非、聞きたいものだ」
社長は会長と顔を見合わせると、身を乗り出すようにして高橋さんに問い掛けていた。
「はい。今回の場合の新興国とは、中国、インド等をさしておりまして、我が社の路線改革、開拓に於けるアジアの需要拡大が狙いです」
中国とインド……。アジアの需要拡大。
高橋さんは、何時こういうことを考えているんだろう。そして、何処でそういうことを調べているんだろう。私は、ただ会社に来て、与えられた仕事をこなし、時間が来たらまた家に帰る。毎日、その繰り返しなのに。
「しかし、中国は最近、東京便と大阪便を増便したばかりじゃないか。それでも足りないとは、到底考え難いが?」
専務が、すかさず高橋さんに疑問を投げかけた。
「はい。おっしゃるとおりだと思います」
エッ……。
おっしゃるとおりって、高橋さん?
「現行の路線での便数は十分だと考えます。しかし、それはあくまで現行運賃では、という意味ですが」
現行運賃では?
高橋さんは、現行運賃では、の次の言葉を発する間を若干置いた気がした。
「現行運賃では、ということは、現行運賃に問題があると?」
社長の声のトーンが、少し低くなった気がした。
高橋さん。大丈夫なんだろうか。私が心配しても、始まらないことなんだけれど。
「はい。これからの時代、LCC(Low-Cost Carrier)の格安運賃での運営も必要になってくると思います」
LCC?
「そんなみっともないことが、出来ると思ってるのか。仮にも我が社は、全日本トラベル空輸だぞ。日本を代表する航空会社の1つでもある我が社が、二流、三流の格安航空会社になれというのか! 正気の沙汰とは思えん」
そんな……。
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