新そよ風に乗って 〜時の扉〜
涼しげに笑いながらそう言った高橋さんは、先ほどの緊張感溢れる空気の中にあっても、凛とした態度で臨んでいた人とは、まるで別人のようだった。
エレベーターに乗ると誰も乗っていなかったので、あまりにも静かすぎて気まずい雰囲気のように感じられ、心の中で疑問に思っていたことが思わず口を突いて出ていた。
「あの……」
「何だ?」
「さっき会議中に、その……」
「ん?」
言いづらそうにしていた私の顔を、横に立っていた高橋さんがチラッと覗き込んだのがわかった。
「あの、社長が社員を幸せに出来ない会社は、顧客を満足させられないとおっしゃった時、何故、高橋さんは天井を見たんですか?」
不思議だった。
いつも前を見据えている高橋さんが、あの時、何故、天井を一瞬見たのか。
「フッ……。見ていたのか」
「あっ。す、すみません。目に入ってしまって、それで気になったものですから。あの、おっしゃりたくなければそのままで……」
「俺は、生き方が雑だな」
エッ……。
高橋さん?
唐突な返答に驚いて高橋さんを見ると、前を向いたままエレベーターの階数表示を見つめていた。
「あの……」
その時、ちょうどエレベーターの扉が開いてしまった。
「降りて」
「あっ、はい。すみません」
ボーッと、高橋さんを見つめていたら、扉の開ボタンを押したままの高橋さんにそう言われてしまった。
生き方が雑だなって? 高橋さんが? それとも、誰か他の人のことを指しているのだろうか?
「高橋さん」
「おっと……」
勇気を出して問い掛けようと思い、エレベーターを降りて振り返ると、一歩後ろを歩いていた高橋さんにぶつかりそうになってしまった。
「す、すみません」
「フッ……。会議、お疲れ様」
慌てて謝った私に高橋さんは微笑んでくれると、そのまま先に歩いて行ってしまった。
高橋さん……。
いつも聞きたいことの半分も聞けなくて、言えなくて。だけど、もっと知りたくて。今、何を考えていて、何を思っているのか。謎の多い高橋さんのことが知りたいけれど、やたらに誰かに聞けば何か言われそうだし……。
会議に出席出来て、得るものがあった。会社は一人では成り立たないということ。一人、一人の会社に対する思いと考えがあってこそのもの。他人の意見に耳を傾けることは、とても重要だということ。何事も真摯に受け止めて、仕事に活かせたら理想だろうな。

予算のことで忙しそうだった高橋さんと中原さんに、先にランチに行くように言われて社食でランチを食べながら、エレベーターの中で高橋さんが言った言葉が気になって、その場面を思い出していた。
『俺は、生き方が雑だな』
あの言葉の意味は、何だったんだろう? 誰を指していたんだろうか。それとも、もしかして、私の……。
「陽子」
「あっ、神田さん」
「此処、いい? 誰か来るの?」
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