新そよ風に乗って 〜時の扉〜
一瞬、目が合った気がしたが、慌ててトイレのドアを開けて入ったので、何だか逃げてしまったような形になってしまった。
何で、逃げたりしたんだろう。別に、何も悪いことをしたわけじゃないのに。
気まずい思いのまま事務所に戻ると、ちょうど高橋さんが何処かに出かけるのか、スーツのジャケットを羽織っているところだった。
「社長室行ってくる」
「は、はい。行ってらっしゃい」
行ってしまった。でも、先ほどのことがあったから、何だかホッとしてる。
「矢島さん。それじゃ、ちょっと食事に行ってくるから、留守番お願い」
「えっ? あっ、はい。行ってらっしゃい」
中原さんが、今度は席を立って食事に行ってしまった。
一人で留守番をするのは初めてではないけれど、少し緊張しながら電話の応対をしていた。しかし、応対といえば聞こえはいいが、殆どの電話が高橋さん宛ての用件だったので、戻り次第、折り返し電話するとか、伝言をメモしているだけだったのだが……。
暫くして中原さんが戻ってきたが、直ぐに総務に書類を提出してくるということで、また居なくなってしまったが、程なく戻ってきてくれたので、中原さん宛ての電話の伝言と預かった書類を手渡していると、その書類の不備があったらしく、その処理の仕方について中原さんから教わっていた。
本来、書類に不備があったので、受け取ってはいけなかったんだ。
「すみません。これから気をつけます」
「確認箇所をまだ説明していなかったから、こっちこそ、ごめんなさい」
「いえ、そんな……」
中原さんとそんなやりとりをしていると、後ろを高橋さんが通った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
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