新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「食事……ですか?」
思いも寄らなかった。まさか、高橋さんが食事に行こうなんて言い出すとは。
「何か、予定があるのか?」
「い、いえ。何もないですが……」
「ですが?」
高橋さんが私の言葉を真似するように、その後の言葉を促した。
「あっ、いえ、その……」
「何だ?」
行きたくないわけじゃない。急に言われたから、驚いてどうリアクションしてよいのかわからない。高橋さんから食事のお誘いを受けるなんて、凄く嬉しいことなんだけれど、だからといって事務所内で、はしゃぐわけにも行かず、気持ちを抑えながら言葉を探していたら何かこんな感じになってしまっていた。
うわっ。
そ、そんなに見つめないで欲しい。応えに余計困ってしまう。どうしよう……。
そうだ!
「な、中原さんも、ご一緒に行かれるんですか?」
「うん。行くよ」
中原さんのその言葉を聞いて、何故かホッとしていた。
「でも、急に高橋さん。どうしたんですか?」
中原さんが、高橋さんに問い掛けている。
「ん? 決算も目処が立ったし、今期の予算もこの分で行けば通りそうだ。後は、まだ総会が残ってるが、その前に一区切りついたからな」
「そうでしたか。今日の会議も終わりましたしね」
「そうだな」
「行きましょう。高橋さん。仕事は残ってますか?」
「ああ、あと一本電話すれば終わる」
「わかりました。じゃあ、一枚だけ書類に目を通したら、僕も終わりますから」
「矢島さん。それじゃ、切りがいいところで帰る支度しておいてくれるか」
「は、はい」
そう言って、高橋さんは自分の席に戻ると受話器を取って電話を始めた。
そういうことだったんだ。
決算の目処が立って、今期の予算も通りそうだから。一区切りついたから食事に誘ってくれたんだ。だけど……。私が行っていいんだろうか? 何も貢献してないし、まだ仮配属なのに。
片付けながらそんなことを考えていたが、気づくと中原さんが隣に立っていた。
「何、難しい顔してるの?」
エッ……。
「あっ、いえ……。あの、中原さん」
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