新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「そうよ。だから箸棒ちゃんなのに、うちの会社に入れたのよ。納得しちゃったわ」
「何をやらせても、こうして遅いしね」
「ゴホッ……ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……」
駄目。苦しい……。
「まぁ、大丈夫?」
床に屈み込んだ私を見た後の人の声が聞こえたが、どんどん酷くなって止まらなくなった咳のせいで返事が出来ない。
「ちょっと、どいて!」
苦しくて胸を押さえていると、誰かが私の体を横向きに寝かせてくれた。
「大丈夫か?」
高橋さん?
「返事は、しなくていい」
目を開けて応えようとしたが、高橋さんの左手が顔の前に見えて制止された。
「中原。救急車の手配」
「はい」
遠くで中原さんの声が聞こえる。会社で倒れるなんて……嫌だ。救急車も……。だが、起き上がろうにも、苦しくて止まらない咳を何とか抑えようとすることだけで精一杯だった。
体が宙に浮いたような気がしたが、周りの人の話し声が遠くで聞こえ、耳を塞ぎたくなるほど恥ずかしくて目を開けられない。そのうち、何人もの足音が聞こえてきて男の人の声がする中で、折原さんの声が聞こえた気がした。
「高橋。持って行って」
「Thank you!」
何? 折原さんは高橋さんに、何を渡したの?
「喘息の発作のようですが、呼吸器疾患をお持ちですか?」
サイレンの音に驚いて目を開けると、状況が把握出来た。
救急車に乗せられている。救急隊の人が話し掛けているのは、私ではなく高橋さんで、声を出そうとした私は、別の救急隊の人に酸素マスクを装着され、左手の人差し指には見えないが、身に覚えのあるパルスオキシメーターがはめられている感触がした。酸素マスクのお陰で、先ほどよりは楽になった気がする。
「詳しくはわからないのですが、出来ましたら京葉大学病院の呼吸器内科にお願い出来ませんでしょうか?」
「そちらに、おかかりですか?」
「高橋……さん」
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