新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「京葉大学で、いいか?」
ただ、黙って頷くしかなかった。有無を言わせない威圧感が漂っていて、決して怒っているわけではないのに、高橋さんの目は鋭く、真剣な表情で……。
高橋さん。何故?
救急車は、そのまま救急外来の入り口から入り、ストレッチャーに乗せられたまま、見覚えのある処置室へと運ばれた。
救急隊の人と救急外来のスタッフによって、ストレッチャーから処置室のベッドへと移される。それと同時に、救急車の中で付けていた酸素マスクが頭上の備え付けの病院のものに取り換えられた。
頭上で、微かに聞き覚えのある泡の湧き出る音がしている。これから先、自分はどうなるのか。目立たないように振る舞って来たつもりだったが、入社して早々、救急車で病院に運ばれる等、新入社員の中でも、恐らく一番目立ってしまっただろう。そう思うと、この先、どうなるのかという不安に駆られ、今、自分が置かれた状態より、その後のことが気掛かりで仕方がない。
「矢島陽子さん」
「はい」
「ゆっくりでいいですから、生年月日を教えて下さい」
「1990年12月5日生まれです」
酸素マスク越しに応えているので、声が籠もっている。
「今日は、随分、昔だけど……。前に呼吸器内科にもかかったことがあるみたいだから、呼吸器科の受診でいいのかしら? でも、いつもの消化器内科の先生に、一応、相談した方がいいかなあ……」
看護師が、問いかけて来るでもなく、独り言のように言っている。恐らく、カルテが用意されたのは、救急隊の人に高橋さんが私の名前や住所等を話してくれていたからだろう。胸のレントゲンを撮った後、処置室で酸素マスクをしながらベッドに横になっていると、名前を呼ばれた。
「矢島陽子さん」
「はい」
「いつ頃から、急に苦しくなったのかな?」
救急外来の何科の先生なのか、わからなかったが、処置室に入って来るなり救急隊の人が書いたバインダーの用紙に目を通しながら、その先生は、先ほど酸素マスクと同様に付け替えられたパルスオキシメーターの画面の数字に目をやった。
「会社で、仕事中に……」
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