新そよ風に乗って 〜時の扉〜
まだ気持ちの整理が出来ておらず、上手く話せない。自分が情けないやら、恥ずかしいやら、会社で倒れてしまったこともそれに追い打ちを掛けている。高橋さんに許しを請う形になってしまい、その結果、高橋さんにも負担を掛けてしまうのではないかとも思え、とてもすっきりしたとは言い難い。
「何? せっかく話せたのに、浮かない顔してるねえ」
「いえ、そんな……」
しかし、明良さんはその後、カルテに記載し始め、黙ってしまったので、会話は途切れたままになった。
「これで、ヨシ! 陽子ちゃん。何も心配することはないよ。貴博は、君が考えている以上に懐の深い男だし、人が考えていることの二歩も三歩も先を歩いている男だから。俺は、陽子ちゃんが貴博の部下で良かったと思っている」
高橋さんは、人が考えていることの二歩も三歩も先を歩いている。私は、そんな人の部下……。
「じゃあ、今日は特に薬の処方もないから、落ち着いたら処置室の受付に寄って、これを出してくれる?」
「はい」
明良さんが示したものは、いつも診察が終わると受付に出すものだった。
「それじゃ、陽子ちゃん。貴博を呼んで来るから。それと、あまり無理しないようにね。お大事に」
「あっ、明良さん」
お礼を言いそびれて、カーテンを閉めようとした明良さんを慌てて呼び止めた。
「はい、はい」
すると、明良さんが陽気な声で振り返った。
「あの……。色々、ありがとうございました」
「ハハッ……。何を言うのかと思ったら。いい? 陽子ちゃん。これが俺の仕事なのよ。だからお礼なんて言わなくていいんだよ。あっ、それとも貴博のことで? それなら、どう致しましてだ。陽子ちゃん。それじゃ」
「明良さん……」
明良さんが出て行った後、暫くして高橋さんが姿を見せ、だいぶ落ち着いたのでベッドから起き上がった。
「大丈夫か?」
「はい。申し訳ありませんでした。もう大丈夫です」
ベッドの下に置いてあった靴を履いて、明良さんに言われたとおり受付に寄ってファイルを差し出した。
「矢島さん。今日は診察券と保険証はお持ちじゃないですか?」
「すみません、今日は持って来ていな……」
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