新そよ風に乗って 〜時の扉〜
もっと、しっかりしなくては。そうは思ってみるものの、頭ではわかっていても、やはり一喜一憂してしまう。まだまだ、打たれ弱い自分がいる。
「病に甘んじてはいけないし、病を盾にはするな。結果、お前のためにならないから」
そう、高橋さんに言われた言葉を胸に刻んでいるが、周りにはそういう目で見ている人も現実に存在する。与えられた仕事を必死にこなしていくのが精一杯な毎日で、折原さんのように周りに目を配れる余裕などまるでない。
「高橋さんは、甘いわよね。矢島さんもそれをいいことに、つけ上がっているし」
「本当よね」
そんなつもりはないのに……。
「お先に失礼します」
針のむしろのような事務所から早く遠ざかりたくて、必死に自分の仕事を片付け、今日も事務所を出ようとしていた。
「矢島さん。ちょっと」
「は、はい」
高橋さんに呼び止められて振り返ると、高橋さんが座ったままこちらを見ていたので、慌てて高橋さんの席に向かった。
「今度の土曜日なんだが、何か用事は入っているか?」
「今度の土曜日……ですか? 特に何もないですが」
「そう。それならその日は一日、空けておいてくれないか?」
「はい。あの、仕事ですか?」
「いや、そうじゃない。一緒に行きたいところがある」
「えっ?」
思いも寄らない高橋さんの言葉に、大きな声を出してしまい、焦って周りを見渡すと、ちょうど通りかかった黒沢さんと視線が合ってしまったので、また慌てて視線を高橋さんに戻した。
高橋さん。一緒に行きたいところって……。
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