新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「あともう一人は、俺だ」
「えっ?」
しかし、すぐにまた私にその広い背中を見せた高橋さんは、勢いよくドアを開けると颯爽と通路を歩き出していた。
「あともう一人は、俺だ」と言った高橋さんの言葉が何度も全身に響き渡る。中原さんと高橋さんが私を必要としてくれている。痛いほど浴びせられているだろう、周りからの好奇の目も気にしている暇もないまま、その広く大きな背中の高橋さんのチョークストライプのジャケットを追いかけるように小走りで駆け寄り、後に続く。私の家まで迎えに来てくれたことに感謝しなければいけない。高橋さんに言われたことを全うしよう。そして中原さんの気持ちに、少しでも応えられるようにしたい。
昨日の事務所の風景とは違う世界のように視界に映る。中原さんと一緒に社員食堂で食事をしながら昨日から今朝までのことを詫びると、とても喜んでくれた。
「一緒に頑張ろう。わからないことは俺や高橋さんに遠慮なく聞いてくれていいから」
「はい。ありがとうございます」
昨日とは違って食事も喉を通り、味わえた気がする。コーヒーを自動販売機で買って席に戻ると、中原さんが男性社員と話しをしていので邪魔をしては悪いと思い、少し離れた端の席で話しが終わるのを待っていると、目の前に誰かが立って中原さんの姿が見えなくなった。
「あろう事か、上司に家まで迎えに来て貰ったらしいじゃない。大した度胸ね」
黒沢さん……。
「も、申しわ……」
「面倒臭いな」
えっ?
発したお詫びの言葉にまるで被せるかのように、背後から聞こえたその声の主が、黒沢さんの前に立った。
「ちょっと……」
いきなり自分の前に立たれた黒沢さんは、憮然とした表情で前に立ちはだかった人物に抗議の声を出して右肩を掴もうとしたが、その前にその人物が黒沢さんを振り返ったため、それは敵わなかった
「あら、ごめんなさい。割り込んだみたいで、黒沢さん」
わかりきっていることなのに、わざとなのだろうか。敢えて自分の行動を肯定するかのような笑みを浮かべている。この人は、いったい何を……。
「貴女、矢島さんよね?」
「は、はい」
私の名前を知っている。
「良かった。捜してたのよ」
私を捜してた? 何故?