新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「あの……。お家にいらっしゃることの方が多いって、買い物とか行かないんですか? その……高橋さんはお洒落だから、スーツとか買いに行ったりしないんですか?」
何で、こんな具体的なことを聞いているんだろう。聞かれた高橋さんだって、困るんじゃ……。
「お洒落? およそ、俺はお洒落とは無縁な感じだが……。スーツとかは、だいたいシーズンに入る前に、まとめて買ったりするんだ。あとは、それを着回すだけ。何度も行くのは面倒だから、ワイシャツとかも一緒にその時に買うかな」
そうなんだ。何度も行くのは面倒だからって、高橋さんは何事も時間は有効活用する人なのかもしれない。
「でも、高橋さんはお洒落ですよ。スタイルもいいし」
「休みの日に、実家に帰ったりはしないのか?」
せっかく褒めたのに……。あっさりスルーされてしまった。
「何か、近いせいもあるので、あまり帰ったりはしないんですよね。学生の頃も、お正月とかでない限り帰ったりはしていなかったので……」
「偶には顔を見せてあげないと、ご両親も心配するぞ。電話では声は聞けても、顔は見えないからな。子供の顔を見ると、親は安心する」
「そうでしょうか。実家に帰ってもあまり会話もなくて、口を開けば小言ばかり言われるんですよね」
「もう、いい加減大人だし、社会人ともなるとあまり親との会話もないかもしれないが、親にしてみたら、子供のことは幾つになっても心配なんだ。離れていると、余計にそういうものだ」
「そういうものなんですか……」
「まあ、もっとも俺も含め、親の有り難みが本当にわかるのは、自分が親になった時かもしれないが」
親の有り難み。一人暮らしをしていると、たまに実家に居た頃の楽さが恋しくなることがある。一人だと、何でも自分でやらなければならないから。高橋さんは、一人暮らししたことがあるのかな?
「高橋さんは、ずっと実家暮らしなんですか?」
「いや、俺も学生時代に一度、実家を出たことがある」
「そうなんですか。大学が、遠かったからですか?」
あっ。でも、高橋さんの大学は、明良さんと一緒なはず。だとしたら、都内だから遠くはない。
「そうだな。大学は、遠かったかもしれないな……」
えっ? 高橋さん?
何故だろう? 今、すぐ隣で会話を交わしているはずなのに、高橋さんの声と心は、此処にはなかった気がする。ついさっきまでは、そんな風には感じられなかったのに。高橋さんの実家も、会社に実家から通える距離だとしたら、大学だって通える距離なのに。それなのに、何故? 大学は、遠かったかもしれないと……。
でも、学部によってキャンパスの場所が違ったりもする。公認会計士の高橋さんは、大学時代、何学部だったのだろう? どうしても、先ほどの高橋さんの言葉が気になって仕方がない。
「あの……」
「着いたぞ」
えっ?
高橋さんが、駐車場に車を入れたその横の建物に目がいった。
「此処は……」
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