新そよ風に乗って 〜時の扉〜
偶々、おろしたばかり一万円札がお財布に入っていたので、それを高橋さんに差し出した途端、その手をグッと押されて突き返された形になってしまった。
「いいんだよ。陽子ちゃんからお金取るほど、後味の悪い食事もないってさ」
明良さん。
「でも……」
「いいの。貴博や俺がお金なくて困ってる時は、ご馳走してね」
「はぁ……。でも……」
「お待たせ」
そうこうしているうちに、高橋さんが会計を済ませて明良さんと私を追い抜いてお店から出て行こうとしていた。
「行こう。陽子ちゃん」
明良さんが、私の肩をポン! と叩くと高橋さんに続いてお店を出ようとしていたので、慌てて私もそれに従った。

「俺、ちょっと寄っていくところがあるから、このまま電車で帰るわ」
えっ……。
「そうか。それじゃ」
明良さん。食事の時は、高橋さんの車に乗って帰るようなことを言っていたが、高橋さんの車には乗らずに帰ってしまうらしい。
「陽子ちゃん。またね」
「あっ、はい。ご馳走様でした」
「あいつは、何なんだ……」
高橋さんが独り言のように呟きながら、助手席のドアを開けてくれた。
「行こうか。乗って」
「は、はい」
その流れるような動作に、つい見入ってしまっている。高橋さんは、いったい何時頃からこんな紳士的なことを身につけたんだろう。五歳の年の差。今の私には、この差がとてつもなく大きく感じられる。車内に流れてくる男性ボーカリストの透明感のある声のスローな曲を聴きながら、朝からの今日の出来事を思い返していた。
何をしに行くのかもわからず、病院に着いてからもわからないまま制服に着替えて……。
あっ……。
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