新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「はい。ありがとうございます」
高橋さんに教わったとおりに、小計をそれぞれ出して、最後に合計を出すと二回目で合った。
良かった……。
二回目で計算が合って自分でも凄いと思ったが、それ以上に何だか、結局、一人では解決出来ず、高橋さんの力を借りてしまっていることが凄く悔やまれた。
「高橋さん。合いました」
「良かった。これで帰れるな」
「はい。中原さん。お待たせして、申し訳ありませんでした」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
書類を中原さんに渡して帰る支度をしていたが、一向に高橋さんと中原さんは帰る気配が感じられない。
「あの……」
すると、高橋さんがこちらを見た。
「お疲れ様」
「あ、あの、何かお手伝いすることがあれば、私……」
「ありがとう。もう少しだけやって俺たちも帰るから、矢島さんは先にあがっていいよ」
高橋さん。
忙しいはずなのに、不甲斐ない私に計算の仕方を教えてくれて、そんな優しい笑顔で言ってくれて……。
「そ、そうですか。すみません。お先に失礼します」
「お疲れ様」
挨拶をして事務所を出ると、よくわからないが肩の力が抜けた。あの席に座っていると、緊張の連続で肩につい力が入ってしまっているのが自分でもわかっていた。
IDをスリットさせて退社のインプットをしてエレベーターを待っていると、大変なことを忘れていたことに気づいた。
神田さん!
急いで会社を出て、待ち合わせの場所として言われていた駅地下のダンケというお店に急ぐ。しかし、こんな時に限って信号が赤で、しかもこの信号は長い。
『こういう書き方をされると困るよな』
そう言って、書類を指さした時に見た高橋さんの指先。指が長くて、凄く手が綺麗だった。左利きの高橋さん。確か、お箸も左だった。ペンも……。
そんなことを考えていたら、周りの人達が一斉に交差点を渡り出していて、いつの間にか信号が青に変わっていたので慌ててその波の中に自分も入りながら交差点を渡り、急いで待ち合わせの場所へと向かうと、案の定、神田さんはもう来て席に座っていた。
「ごめんなさい。遅くなってしまって……」
「仕事?」
「えっ? あっ、はい。計算が合わなくて、時間掛かってしまって。本当に、ごめんなさい」
「ああ、そんなことは全然構わないわよ。別に謝ることじゃないから。仕事でしょ? 仕事で時間通りに終わらないのは、当たり前のことだから」 
神田さん……。
この人って、ちょっと折原さんに似てるかも。クールで割り切ってるというか、言いたいことをハッキリ言える人。
「ご注文は?
「アメリカンコーヒーを、お願いします」
オーダーして運ばれてきたカップを見ると、神田さんがオーダーしていたものと同じカップだった。
「やっぱりコーヒーは、アメリカンよね。私、濃いコーヒーを空きっ腹に飲むと胃が痛くなるのよ」
「あっ、私も」
「本当? 気が合うわね」
人見知りをする私だったが、何故か神田さんには普通に最初から話せていた。昼間のあのキリッとした感じとは今は違っているからかもしれないが。
「そう言えば、矢島さんの上司の高橋さんって、どんな感じの男子?」
「ゴホッ、ゴホッ……」
高橋さんの名前を急に出されて、一瞬、ドキッとして飲みかけていたコーヒーが気管支に入ってしまい、思いっきりむせてしまった。
「大丈夫?」
「だ、ゴホッ……。だ、大丈夫です」
< 68 / 210 >

この作品をシェア

pagetop