新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「それは、せせり」
「せせり?……ですか?」
「鶏の首の?身で、一羽からほんの少ししか取れない部位なんだ。食べてみて」
「はい」
勧められるまま食べると、口の中でほんのり鶏肉の甘さが広がって優しい味がした。
「どうだ?」
「はい。とっても美味しいです。これ、私好きです」
「たまに鶏肉苦手な人もいるから、どうかな? と思ったんだが、それなら良かった。あと、こっちが白レバー。さっと湯通ししてわさび醤油か、塩とレモン汁で食べてごらん。お店の人の話だと四十羽に一羽ぐらいにしか取れない希少なものらしいから」
「そうなんですか?」
でも、ちょっとレバーは苦手だな。だけど、高橋さんが美味しそうに食べているのを見て、せっかく頼んでくれたのだからと思い、お鍋のだし汁にサッと浸して塩とレモン汁で恐る恐る口に運んだ。
エッ……何、これ。
「嫌だ。これ……」
「何が、嫌なんだ?」
上手く説明出来なくて、黙ったまま白レバーの味を噛みしめていると、高橋さんが私の顔を覗き込んだ。
「ロダンに変身か?」
「えっ? ロダンって?」
いきなり何なんだろう? ロダンって。
「考える人にでもなったのか?」
ハッ?
「もお、高橋さん」
「牛?」
う、牛?
「牛って……高橋さん!」
やっと意味が分かって口を尖らせている私を見て、高橋さんは笑っていた。
「この薩摩知覧鶏の炭火焼きも、美味いぞ」
「はい。頂きます」
高橋さんと二人で食事が出来るなんて、何だか夢のようだといつも思ってしまう。私が知らないことを沢山知っていて、その知らない世界、つまり高橋さんの世界を垣間見られるような気がして嬉しい。
「お待たせしました。香菜でございます」
店員さんが小さめの土鍋を運んできて、テーブルの上に置くと蓋を開けてくれた。
「こちらで取り分けて、お召し上がり下さい。もうコラーゲン玉は入っておりますので、そのままでも十分お召し上がり頂けると思います」
「はい」
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