新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「おはよう」
「おはよう。悪いな」
「また、これで暗い夜道、気をつけなきゃ」
「フッ……。暗い夜道じゃ、尚更、凄みが増して向こうが敬遠するんじゃないのか?」
「はぁ?」
高橋さんと同期だと折原さんが言っていた。だから仲が良いのかな。折原さんは背も高いし、高橋さんとお似合い……。
「矢島さん?」
「は、はい」
「どうかしたの? 呼びかけても、返事がなかったから」
「すみません」
つい、ボーッとしてしまっていた。学生の頃、こんなある意味、規則正しい生活を送ったことはなかった。毎朝、同じ時間に起きて、殆ど同じ時刻の電車に乗り会社に向かう。1限のない日など、まだ寝ている時間だった。けれど今は、もうそんな怠惰な生活はしたくても休日でもない限り出来はしない。あの頃が懐かしくもあり、良かったとも思う。けれど月日は流れ、否が応うでも卒業してしまった大学には戻ることは現実的に無理で、生活していくためには働かなければならない。生活していくために働く。仕事って、そういうものなのだろうか。生活のため……ただ、それだけのために人は仕事をする。本当にそれだけかな。
「矢島さん。この書類を今すぐ、総務に持っていってくれるか。総務は9階だから」
「はい」
朝礼が終わってすぐに高橋さんから言われ、書類を受け取って経理のある15階から総務へと向かうため、エレベーターを待っていた。
高橋さんに、「矢島さんは、まず、職務を自分のものにすることを最優先に考えて欲しい」と言われたが、その意味が理解出来ずにいる。与えられた仕事、頼まれたことをこなす毎日。自分の中で、仕事とは自分の頭で考えながら進めたりするものだと描いていた。経理だったら、計算をひたすらするものだと……。でも現実は違って、覚えることは沢山あるけれど、実際、自分が今やっていることは、果たして職務と言えるのだろうか。世間一般の新入社員は、こんなこと考えたりはしないのだろうか。社会人になって間もないのに、まだ何も出来ないし、知らないくせに、頭ばかりが大きくなっていく。他人より、物事に対する理解や把握が極端に遅く、それに加えて……。
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