新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「何も出来なくて、情けなくて……。出来れば、もう女性の流す涙は見たくない」
どうしてだろう。目の前に座っている高橋さんが、今、凄く遠くに感じられる。それは、何故か? 高橋さんの瞳に、今、私は映っていなかった。必ず、目を見て話す高橋さんが、今は私ではなく、後ろの壁の方を見ている。
「高橋さん。私……」
すると、壁の方を見ていた高橋さんが、視線を私に移した。
聞いてみたい。どうしても知りたい。知ったところでどうなるものでもないけれど、それでもやっぱり知りたかった。さっき、高橋さんが話してくれたこととは、意味が違うかもしれないけど、打たれても、それに持ちこたえられる度量と技量を持ち合わせていくといのなら聞いてみたい。勇気を振り絞って、頑張れ、私。
「昨日、ダンケで待ち合わせをされていた方は……その……高橋さんの彼女ですか?」
言ってしまった。聞いたところでどうなるものでもないのに、聞かずにはいられなかった。それと同時に、そんな自分にも驚いていた。何だか、自分じゃないみたいだ。こんな大胆なことを、高橋さんに聞いてしまうなんて。
流石に、視線は合わせられずに下を向きながら聞いたが、あまりにも返事がないので恐る恐る顔を上げると、高橋さんと目が合ってしまい、今更ながらドキッとしてしまう。
「聞いてどうする?」
「えっ?」
「それを聞いて、どうするんだ?」
高橋さん……。
「どうするって、その……」
言ってしまってから、もう遅いのに後悔している。何でこんなこと、聞いちゃったんだろう。慌てて目を逸らして堀座卓の木目を意味もなく見ていたが、痛いほど高橋さんの視線を感じている。
確かに、聞いたところで何もならない。一般的に考えて、部下が上司のプライベートにまで興味を示して余計な詮索する等、ましてや、まだ入社して一ヶ月も経っていない。そんな新人が、上司と一緒に居た女性のことを聞き出そうとしているなんて、あまりにも唐突で滑稽過ぎる。
「す、すみません。あの……大した意味はなかったんです。ただ、誰なのかなあ? と思っただけですから。その、気にしないで下さい」
「……」
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