新そよ風に乗って 〜時の扉〜
                                                       
「起こしたのだったら、悪かった」
「あっ、いえ、そんな……」
「今朝、洗車してたら、車の中にお前の定期が落ちてた」
「えっ? 本当ですか?」
嘘。全然気づかなかった。何時落としたんだろう。
「嘘を言ったところで、何の得にもならない」
高橋さん。
「ちょうど洗車も終わってガソリン入れに行くから、これから出て届けに行くから」
エッ……。
「あ、あの、そんな……。申し訳ないですから、月曜日で構いませ……」
「朝食、まだだよな?」
ハッ?
「はい。まだですが……」
「それなら、そのまま食べずに待っててくれ。それじゃ、一時間以内に行く」
「えっ? ちょっ……あの、高橋さん!」
しかし、左耳から聞こえてきたのは、電話が切れる音だった。
何?
いったい、何なんだろう?
一方的に電話を切られて、呆然としながら携帯電話を見ていたが、高橋さんが言った一時間後という言葉が蘇り、我に返ると慌てて支度を始めた。
こんなことはしていられない。スッピンだし、昨日適当に乾かして寝てしまったから髪の毛は爆発しているし……。気ばかり焦りながら顔を洗って顔の突貫工事を終え、とにかく着替えなければいけないと思い、その後髪型を何とかしようとしたが、何を着たらいいのかわからない。
私服を高橋さんに見せるのだから、私服のイメージで心証を悪くしたくないからあまり変な格好は出来ない。だからといって、大人っぽい服装が出来るわけでもなく、会社に行くときと殆ど変わらないというのが実情だった。
迷いに迷って、結局、ロールアップパンツにポロシャツにコットンセーターという、在り来たりな格好になってしまったが、それでもかなり悩んで取っ替え引っ替え、服を着替えて鏡の前で悩んだ末、選択した服装。
一息ついてる暇もなく、バッグを入れ替えて携帯もバッグに入れると、狭い部屋なのに小走りで洗面所に向かった。この爆発した髪の毛をなんとかしなければ……。
焦る余り、手に取ったワックスを出し過ぎてしまったが、そのまま髪の毛に付けたらやはり付け過ぎてバリバリになってる箇所が……。
こんな時、ショートだったらスタイリングも少しは楽なんだろうけれど、肩より二十センチぐらい長いロングヘアなのでスタイリングも結構大変だが、それでも顔が強調されるショートヘアには、どうしても自信がなくて出来ずにいる。
その時、ポケットで携帯が振動しているのがわかり、慌てて取り出すと高橋さんからだった。
うわっ。
もう、来ちゃった。
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