新そよ風に乗って 〜時の扉〜
待機していたエレベーターの一基のドアが開き、中に入ると高橋さんが八階を押していた。
八階なんだ。高橋さんのマンションって、まだ新しい? エレベーターのボタンも大きくて真新しい感じがする。
エレベーター内で、 「八階です」 と女性の声でアナウンスがあり、ほぼ同時にエレベーターの扉が開き、高橋さんが先に私を降ろしてくれた。
「こっち」
言われるまま高橋さんに付いていくしかないのだが、マンションの入り口に居た時よりも、更に緊張してきている。すると高橋さんが突き当たりの部屋の前で立ち止まり、ピロティの門扉を開けた。
見ると、ピロティの門扉の横に表札が埋め込まれており、そこに− T.TAKAHASHI− とある。
此処が、高橋さんの部屋なんだ。表札をまじまじと見ながら初めて来た高橋さんのマンションにも驚いていたが、それ以上に高橋さんの部屋の前に今、自分が居ることが信じられなかった。
「どうかしたのか?」
エッ……。
ピロティの中から高橋さんがこちらを振り返り、不思議そうな顔をしている。
「いえ、あの……。此処が高橋さんのお部屋なんだなあと思って」
「フッ……。入って」
「あっ、はい」
玄関のドアの鍵を開けている高橋さんの大きな背中を見ながら、ふと思っていた。どうも高橋さんに微笑まれると、何とも言えない気持ちになる。弱いというか、安心出来るというか、涼しげな目で微笑まれると、キュッと気持ちを鷲掴みされたような気分になる。
「どうぞ」
「は、はい」
ドアを開けてくれた高橋さんが、後ろでドアを閉めると先に玄関から上がってスリッパを出してくれた。
「上がって」
「はい。お、お邪魔します」
玄関の明かり取りから差し込み光りで、マンション特有の真っ暗な玄関ではないので一戸建てのように感じられる。
「こっち」
キョロキョロしている私に、部屋のドアを開けて待っていてくれた高橋さんの方に近づくと、案内された場所はリビングだった。
「うわあ、広い」
思わず感嘆の声を上げてしまった。
何て広くて明るいリビングなんだろう。正面に大きなサッシ窓があり、最近のマンション構造の外梁式の建物だからだろうか。バルコニーが凄く広く天井が高い。
「適当に座って待ってて」
「あっ、はい」
高橋さんに言われるまま、ソファーに座って部屋の中をグルッと見渡していた。何か、必要なものは一切ない感じで、高橋さんらしいというか、部屋の雰囲気が高橋さんそのもののように無駄がない。その一角に置かれたデスクは、きっと仕事用のものだろう。パソコンが置かれていて、ファイルが綺麗に整頓されて立てかけられている。家具も必要最低限のものしか置いていないからか、部屋が広く明るく感じられる。
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