新そよ風に乗って 〜時の扉〜
それに比べて、私の部屋は……。ゴチャゴチャしていて、まったく統一性もなくバラバラで物が多い。思い浮かべただけで、何か自己嫌悪に陥りそう。
エッ……。
その時、背後で空気が動いたように感じられ、それと同時に目の前が真っ暗になった。
「キャッ……」
「静かにしろぉ」
な、何? 誰?
「おはよう」
覆われていた両手が離れると、突然目の前に誰かの顔が度アップで迫っていた。それがあまりにも近すぎて、驚いて身体を引いた。
「明良さん!」
「陽子ちゃん。おはよう」
「おはようございます」
「昨日、何で帰っちゃったの? 待ってたのに」
「あの、すみません。それは……」
ソファーに座っている私と視線を合わせるように、両膝に手を置いて屈んだ明良さんに戸惑いながら返答に困ってしまった。
まさか、昨日は良い日じゃなかったので帰りましたとは言えない。
「何やってんだよ、明良」
すると、高橋さんがリビングに戻ってきて、明良さんの腕を引っ張った。
「貴博。腹減ったから、早く朝飯にしようぜ」
「それは、こっちの台詞だろう」
「陽子ちゃん。ちょっと手伝ってくれる?」
「あっ、はい」
「いや、いい。手伝わなくて」
「でも……」
「料理が好きで、自分のペースで作れることがデリシャスへの近道だとか豪語してるんだから、邪魔したら悪い」
「あれ? そんなこと言ったっけ?」
「言った。何度もな」
「記憶にございません」
「いいから、こっちでゆっくりしてろ」
「えっ、でも……。それじゃ、申し訳ないですから、やっぱりお手伝いします。何も出来ませんけど」
「陽子ちゃん。優しいなあ。どっかの冷血会計士とは偉い違いだ。もっとも、あの会計士さ……。キッチンこっち、陽子ちゃん」
話ながら明良さんに案内されてキッチンに入ると、そこには大きな冷蔵庫が目に付いた。
「大きな冷蔵庫」
思わず声に出てしまっていた。家にある冷蔵庫の倍はあるかもしれない。それぐらい大きく感じられた。
「あいつさ……」
エッ……。
「いや、何でもない。それじゃ、陽子ちゃんはツナ缶開けてくれる?」
「はい」
明良さんの隣に立ってツナ缶を開けていると、造りがカウンターキッチンになっていたので、カウンター越しに高橋さんが右手にカトラリーを持ちながら覗き込んでいた。
「ちょっとお前、待て」
「えっ?」
すると、カウンター越しに高橋さんの左手が伸びてきて、ツナ缶を開けようとしていた私の右手をどかした。
「下、持ってろよ」
「はい」
缶本体を両手で持っていると、高橋さんが左手でFOE式プルトップの蓋を開けてくれた。
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