新そよ風に乗って 〜時の扉〜
「何だよ、この手は。だって貴博の会社の購買ブーは三割引だろ? ならいいじゃん。減るもんじゃないし」
「減る」
「ハッ? 理系の俺に喧嘩売ってるのか? 文系の高橋君」
どうも明良さんは、BGMで掛かっているCDを高橋さんから借りたいようだ。だけど高橋さんが、わざとかもしれないけれど、明良さんを焦らしている。この二人の会話を聞いているだけで、何だか楽しくなってしまう。
「別に。ああ、腹一杯」
見ると高橋さんは、殆ど食べ終わっていた。
お茶でも入れようかな。
「あの、お茶入れましょうか」
「陽子ちゃん。気を遣わなくていいから。貴博が、美味しいコーヒーをこれから入れてくれるから」
「そうなんですか?」
高橋さんの方を見ると目が合ったが、直ぐに高橋さんの視線は明良さんに向けられていた。
「誰の家だよ」
「貴博ちゃん?」
「料理は、俺。お茶は、貴博ちゃんでしょう。ねえ、陽子ちゃん?」
「えっ? あの、そ、そうですね……」
何だか、ひしひしと左側から高橋さんの視線を感じる。
「いえ、その……」
言葉に詰まっていると、高橋さんが立ち上がってキッチンの方へと自分の食べた食器を持って歩いていってしまった。
何か、悪いこと言っちゃったかな。
「陽子ちゃん」
すると、明良さんがテーブルから身を乗り出して顔を近づけてきた。
「は、はい」
明良さんが小声だったので、思わずつられてこちらも小声になってしまう。
「陽子ちゃんさ……」
「はい」
「貴博のこと、好きでしょ?」
エッ……。
明良さんの言葉が、思いっきり心臓の鼓動の速さを狂わせていた。
高橋さんのことが好き? 私が?
自問自答しながら、高橋さんと出逢ってからのことを思い出していた。入社してからまだ一ヶ月経っていなかったが、入社式が遠い昔のように感じられた。
入社して、右も左もわからないまま経理に配属になり、会計で高橋さんの部下になって中原さんと一緒に働くことになった。
だけど、覚えることが沢山あって会社に入った途端、緊張感でいっぱいになり、入社翌日にもうドロップアウトしそうになってしまった。けれど高橋さんが家まで迎えにわざわざ来てくれて、もっと自分に自信を持てと言われ、仕事とは職務とは何なのかを教わった。だけど現実は厳しくて、胃が痛くなりそうな日々が続いて……。そんな時に、あの病院で翼君に会って、自分の不甲斐なさに情けなかった。働けるだけ有り難いと思う。普通に生活出来るだけ、幸せだと思う。そんなことを翼君から学んだ。
それを気づかせてくれたのは他ならない高橋さんで、勿論、中原さんや折原さんのフォローやアドバイスがなかったら、もうとっくに辞めていたかもしれない。
高橋さんは、私にとって上司であり、社会人としてのお手本でもある。その高橋さんのことが、好き? この私が?
「減る」
「ハッ? 理系の俺に喧嘩売ってるのか? 文系の高橋君」
どうも明良さんは、BGMで掛かっているCDを高橋さんから借りたいようだ。だけど高橋さんが、わざとかもしれないけれど、明良さんを焦らしている。この二人の会話を聞いているだけで、何だか楽しくなってしまう。
「別に。ああ、腹一杯」
見ると高橋さんは、殆ど食べ終わっていた。
お茶でも入れようかな。
「あの、お茶入れましょうか」
「陽子ちゃん。気を遣わなくていいから。貴博が、美味しいコーヒーをこれから入れてくれるから」
「そうなんですか?」
高橋さんの方を見ると目が合ったが、直ぐに高橋さんの視線は明良さんに向けられていた。
「誰の家だよ」
「貴博ちゃん?」
「料理は、俺。お茶は、貴博ちゃんでしょう。ねえ、陽子ちゃん?」
「えっ? あの、そ、そうですね……」
何だか、ひしひしと左側から高橋さんの視線を感じる。
「いえ、その……」
言葉に詰まっていると、高橋さんが立ち上がってキッチンの方へと自分の食べた食器を持って歩いていってしまった。
何か、悪いこと言っちゃったかな。
「陽子ちゃん」
すると、明良さんがテーブルから身を乗り出して顔を近づけてきた。
「は、はい」
明良さんが小声だったので、思わずつられてこちらも小声になってしまう。
「陽子ちゃんさ……」
「はい」
「貴博のこと、好きでしょ?」
エッ……。
明良さんの言葉が、思いっきり心臓の鼓動の速さを狂わせていた。
高橋さんのことが好き? 私が?
自問自答しながら、高橋さんと出逢ってからのことを思い出していた。入社してからまだ一ヶ月経っていなかったが、入社式が遠い昔のように感じられた。
入社して、右も左もわからないまま経理に配属になり、会計で高橋さんの部下になって中原さんと一緒に働くことになった。
だけど、覚えることが沢山あって会社に入った途端、緊張感でいっぱいになり、入社翌日にもうドロップアウトしそうになってしまった。けれど高橋さんが家まで迎えにわざわざ来てくれて、もっと自分に自信を持てと言われ、仕事とは職務とは何なのかを教わった。だけど現実は厳しくて、胃が痛くなりそうな日々が続いて……。そんな時に、あの病院で翼君に会って、自分の不甲斐なさに情けなかった。働けるだけ有り難いと思う。普通に生活出来るだけ、幸せだと思う。そんなことを翼君から学んだ。
それを気づかせてくれたのは他ならない高橋さんで、勿論、中原さんや折原さんのフォローやアドバイスがなかったら、もうとっくに辞めていたかもしれない。
高橋さんは、私にとって上司であり、社会人としてのお手本でもある。その高橋さんのことが、好き? この私が?