チョコレートを一緒に 〜それぞれのバレンタイン〜
1.須藤家の場合
玄関の鍵を開ける。
「ただいまー」
家の中に向かって言うと、
「おかえりなさーい」
「おかえりー」
声が二つ、2階のリビングから聞こえてきた。
「おっ、おー」
少し遅れて、もう一つ。
ガタ、ガタ。
これは、階段の上、リビングの入り口に設置しているベビーゲートを揺する音だ。
手を洗おうと洗面所に入ると、その音は少し大きくなった。
「おっおっおっ」
「今行くよー、手洗うからちょっと待ってて」
「おー」
上に向かって声をかけて、手早く、でもしっかりと手を洗う。うがいも忘れない。
階段を上がると、ベビーゲートの向こうに丸い笑顔が見えた。
「たかひさー、ただいまー」
「あー」
手を伸ばしてくる息子を避けながら、ベビーゲートを開けてリビングに入る。
「おとうさん、みてこれー」
もう1人の息子が、ピンク色の紙包を持って寄ってきた。既に開けられていて、中身は空っぽだ。
「なにそれ」
「さーちゃんにもらった」
「へー、なにもらったの?」
「チョコクッキー」
「おいしかった?」
「うん!」
「おー良かったね」
頭をなでると、へへっと照れくさそうに笑って離れていった。可愛い。
テーブルで宿題をしていたらしく、開いたノートの前に座る。
「おかえりなさい」
背中から、別の声がかかる。キッチンから。
「いっちょまえにチョコもらったんだね」
「そう。今日、さーちゃんのママがお迎え遅れるって言うから、一緒にウチに来てたの。で、ママが迎えに来た時に、持ってきてくれて。昨日さーちゃんが頑張って作ったんだって」
さーちゃん、とは息子と同じ保育園に通っていた同級生。近くに住んでいて、学童も同じだ。名前はさやちゃんのはずだけど、言いにくいからか、子ども同士ではずっと『さーちゃん』と呼ばれていた。親たちもそれに倣って呼んでいる。
「手作りなんだ」
「そう。子どもと手作りお菓子、ってちょっといいな。ウチもやってみようかな」
子どもと並んでお菓子作り……想像して、顔がにやける。可愛過ぎる。
「あー」
足元の息子が、こっちに手を伸ばしている。
「はいはい、抱っこね」
抱き上げると、嬉しそうに笑う。可愛い。
「私ももらったよ、会社で」
別の笑顔がキッチンでこっちを向いた。この笑顔が1番可愛い。
「チョコ?」
「うん。美里ちゃんがくれた」
それを聞いて思い出した。
「そうだ、これ」
息子を降ろして、カバンと一緒に持っていた紙袋を渡す。
「小平さんからもらった。『ご家族でどうぞ』って」
少し大きめの紙袋。
「嬉しい〜お礼しなきゃ」
「もう一つ」
今度は箱を出す。
「これは、俺から。コーヒーリキュールが入ってるやつ」
「わあ」
笑顔が更に輝きを増す。
「ありがと、はるちゃん」
この笑顔が見たかった。
そのために、毎年バレンタインにはチョコを送り続けている。
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