チョコレートを一緒に 〜それぞれのバレンタイン〜
「あれ、これなに?」
小平さんからもらった紙袋を覗いて、千波さんが言う。
隆久を抱っこしたまま、俺も覗く。
中には、透明な袋に入ったチョコレート色のパウンドケーキと、小さめの箱が一つ入っていた。
箱は、きちんとラッピングされている。紺色の包装紙に青いリボン。
「さあ?なんだろ」
「パウンドケーキは、太一君が作るって聞いてたけど」
言いながら、千波さんが箱を取り出した。裏返すと、包装紙の隙間にメッセージカードが挟まっていた。
2つ折りのそれを、千波さんが開いて見る。
「あ……」
固まった。
「なんだった?」
隆久にほっぺたを引っ張られながら聞くと、千波さんは目を伏せた。
「ごめん、はるちゃんに、だった」
千波さんは凄い速さでカードを元に戻して、箱を俺に押し付ける。
俺は隆久を抱っこしているので手が出せず、箱は俺と隆久の間、隆久のお腹の辺りに入った。
千波さんは、バタバタと風呂場に行ってしまった。シャワーの音が聞こえてくる。風呂を洗っているらしい。
「おー」
隆久は箱より俺のほっぺたの方が気になるようだ。きゃははと笑いながらむにゅむにゅ押してくる。
「ちょっとごめんね」
言いながら降ろすと、箱がポタッと落ちた。
「う!」
隆久が拾って、俺に『どうぞ』してくれる。
「どうもありがと」
受け取って礼をすると、隆久も頭を下げる。可愛い。
「おっおっ」
また抱っこしてほしいらしい。抱っこ大好きなんだよな、誰かさんに似て。
足に張り付いてくる隆久の頭を撫でる。
「ちょっと待ってて」
「うー」
カードを出して、中を見る。
『先日は本当にありがとうございました。今度、お礼に食事に行きましょう。』
なんだ?これ。
右下に名前が書いてあった。
『美和』
思い浮かんだのは、客先の人だ。
ああ、千波さん、勘違いしてる。
風呂場に行って、ドアを開ける。
千波さんは、難しい顔で浴槽をすすいでいた。
「千波さん」
反応がない。
「千波さん、あれ違うよ」
「……なにが?」
低い声。やっぱり勘違いしてるみたいだ。
「あれ、小田島さん宛ての」
そう言うと、やっとこっちを見た。
「小田島さんの?」
「そう。今日帰り際にフロアの掃除しててさ。荷物並べてテーブルに置いといたから、混ざっちゃったんだと思う。小田島さんも小平さんから同じ袋もらってたし。それにあれ、一応男の人だよ」
「え……」
千波さんがまた固まった。
うん、そうだよね。俺も知らなかったら同じように思うと思う。
「美和祐介さんっていう人」
「ああ……あれ苗字なのね」
「そう。昨日納品したとこの担当の人だよ。小田島さんがいろいろ相談に乗ってたみたいで、今日わざわざお礼に来ててさ。その時にもらったって小田島さんが言ってた」
「そうなんだ……丁寧な人なんだね。字も綺麗だったし」
「あー……なんか、中間の人だって言ってた」
「は?」
「俺もちゃんとは知らないんだけど、男女の中間ていうか、どっちでもないって。体と戸籍は男性だから、社会生活はとりあえず男性でしてるって」
「ああ、そういう……」
「小田島さんは、性別は『美和さん』って
認識してるって言ってた」
「ふふ、小田島さんぽい」
「俺もそう思う。だからさ、あれは俺のじゃないからね」
「あ……」
千波さんが、恥ずかしそうに顔を背けてシャワーを止めた。
向いた背中を抱きしめる。
「もしかして妬いてくれた?」
「……そういうこと言わないで」
耳が真っ赤だ。きっと顔も。可愛い。
首にチュッと軽くキスをすると、ピクっと反応した。
「……へへ、嬉しい」
千波さんはシャワーヘッドを戻して、風呂のスイッチを入れた。
お湯が出てくる音がする。
くるっとこっちを向く。やっぱり顔が赤い。可愛い。
「勘違いしちゃって……恥ずかしいなあ」
俺の胸で顔を隠して、もごもこ言う。
あんまり可愛過ぎて、体中がいろいろ騒ぎ始めた。
「やだ、ちょっとはるちゃん……」
気付いて、離れようとする千波さんをぎゅっと抱きしめる。
「俺は、千波さんだけだよ」
千波さんはふふっと笑った。
「まだそんなこと言ってくれるんだ」
「当たり前。ずっと言うから」
「じゃあ……私も言おうかな……大好き」
最後のは凄く小さかったけど、ちゃんと聞こえた。
我慢できなくなって、キスをする。ぐっと抱き寄せて、深いキス。
千波さんは一瞬抵抗したけど、すぐに応えてくれた。
触りたくなって、手を動かそうとした時。
ガタ、ガタ。
「おかあさん、しゅくだいおわったー」
「おっおー!」
「おなかすいたー」
「うー!」
「はーい、今行くー」
素早く離れて、千波さんは返事をしてから、ちゅっと俺のほっぺたにキスをして、階段を上がって行った。
あああああ、可愛い。
俺は、騒ついた体を収めながら、可愛いがあふれるリビングへ、階段を上がった。