チョコレートを一緒に 〜それぞれのバレンタイン〜
「大丈夫。それより、パウンドケーキあるから、食べないと」
恥ずかしい気持ちをごまかして、ささっとキッチンに逃げた。
「そういえば、太一君、チョコレートは?もらってないの?」
「そうだ、今年は何個?お返しいくついる?」
2人の声が追いかけてくる。
「もらってないよ」
「え?」
「なんで?一個も?」
「学校で禁止されてるし。昨日放送で校長から注意されてたから」
「家まで来る子はいなかったの?」
「いたけど、崎田さんが断ってくれた」
崎田さんはマンションの管理人さん。今朝、学校に行く前にお願いした。いつも気のいい崎田さんは快く引き受けてくれた。もちろんお礼にパウンドケーキを渡した。
「へえ、あの人そんなことしてくれるんだ」
久保田さんが感心している。
「なんで断ったの?」
母は興味津々だ。
「めんどくさい」
「え、それだけ?」
「わかるなあ、それ」
「久保田さんは、チョコは?」
「会社に置いてある。明日からのみんなのおやつ。それよりさ、それだよ、太一君」
久保田さんが、人差し指を立てる。それってなんだろう。
「その呼び方」
『久保田さん』のこと?
「家族なんだから、苗字にさん付けっていうのはさ……」
不満そうだ。久道くんに似てる。
じゃあなんて呼べばいいんだ?
「……圭さん?」
呼んでみたら、違和感ありまくりだ。
「……とりあえずそれで」
うんうん、と頷いている。
母を見たら、へへっと笑った。
「……じゃあ、圭さん、これ」
パウンドケーキが乗った皿を、両手で出した。
「いつもお世話になってます」
名前の違和感は、慣れるはず。『久道くん』だって慣れたんだから。やっぱり慣れって怖い。
「ありがとう。ホワイトデーは豪華にしようね」
母が、私も、とカバンから箱を出してきた。
「私も、いつもお世話になってます」
久保田さんは、受け取って2つを見て、凄く嬉しそうに笑った。
「ありがとう、歩実、太一君」
僕も、母も、笑顔を返す。
嬉しい気持ちで、いっぱいになった。
「1人じゃ食べきれないなあ」
「お鍋たくさん食べましたもんね」
「お茶入れます」
「じゃあ、みんなで食べよう。デザート代わりに」
チョコレートを一緒に。