垂涎、午睡、うららかに【完】
五月蝿いくらいの、どしゃ降りだった。
約束の時間どおりにチャイムが鳴り、玄関を開くとずぶ濡れの小町さんが立っていた。
髪の毛先から滴る水滴が、ぽたりぽたりと染みをつくる。
「傘は?」
「持ってたんだけど、電車に忘れちゃった」
赤い。へらっと笑った小町さんの目が、赤い。
「ごめんね、こんなびしょぬれで」
「いいから入って」
タオルと着替えを小町さんに渡し、僕はいったん玄関の外に出た。
小町さんは「そんなことしないでも、京極くんがわたしの着替えを覗くとか思わないよ」と苦笑したけれど、僕としては同じ空間で着替えをされるのは、どうにも抵抗があった。
昨日までの青空を浚う、灰色の雲。
湿った匂いが立ち込め、ノイズのような雨音が思考を煽る。
小町さんは泣いていたのだろうか。
だとしたら、その理由は。