垂涎、午睡、うららかに【完】
じゃがいもを握りしめて「手を切り落としそうなんだけど」と狼狽(うろた)えようと、にんじんを見つめて「斜めに包丁をいれるって、なに?」と混乱しようと、京極くんは顔色を変えず、淡々と指導してくれた。
わたしを鎮める、抑揚のない低い声。

頭のいい人は教えるのもうまいものなんだな、と京極くんを通してよくわかった。


いつもは前日までに約束をとりつけてここへ来るけれど、今日は勢いで来てしまった。

アパートへ向かう電車のなか、断られるのを覚悟で『さっき肉じゃがつくってみたんだけど、なんかおかしいんだよね。いまから行ってもいいですか、師匠!』とメッセージを送ると、京極くんはシンプルに『はい』と返してくれた。


メッセージは『はい』『いいよ』『わかりました』の3パターン。
言葉は最低限で、表情もいつも同じで。

だけどそれは、心地悪いものではなかった。
京極くんはいつだってわたしを拒絶しなければ、嗤いもしない。


なんとも不思議で、貴重な人。


「京極くんちって、いつ来てもきれいだね。
それにリビングもキッチンも余計なものとかなくて、さっぱりっていうか、きちんとしてるよね」

京極くんはお茶を差し出し、わたしの正面に座った。
ソーサーにのせられたビスケットをかじると、ほんのりとシナモンが香った。
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