春色の屍 【完】
「すいません。思い出し笑いです」
「そうですか。あ……」
電話がかかってきたのか、アオヤギさんはスマホをスワイプし、小声で話しはじめた。
私のスマホも震えだし、スワイプすると桐野さんからのメッセージだった。
『こっちに来るって言ってくれれば、休みを合わせたのに。
そういえば、こうちゃんのこと誰かから聞いた?』
返信を打とうとすると、店員が「一名でお待ちのアオヤギさまー」とアオヤギさんを呼んだ。
電話を終えたアオヤギさんは真っ白な顔であたふたしていた。
はじめて見たな。こんなに動揺している姿は。
「アオヤギさん、行ってください」
「え? 行くって」
「産まれるんですよね、お子さん」
「なんでそれを……」
私はアオヤギさんの画集と膝の間に挟まれた赤ちゃんの名づけ本を指差した。
背表紙はくったりとくたびれ、虹のようにたくさんの付箋が貼られていた。
「大丈夫です。アオヤギさんのカレーは私が食べますから。
奥さん、待ってますよ。早く行ってください」
「あ、えっと……」
私は財布を出そうとするアオヤギさんの手を止めた。
やっぱりふわふわしているその手に、歳月を感じる。
瞳も、声も、ずいぶんとやわらかくなった。
「そうですか。あ……」
電話がかかってきたのか、アオヤギさんはスマホをスワイプし、小声で話しはじめた。
私のスマホも震えだし、スワイプすると桐野さんからのメッセージだった。
『こっちに来るって言ってくれれば、休みを合わせたのに。
そういえば、こうちゃんのこと誰かから聞いた?』
返信を打とうとすると、店員が「一名でお待ちのアオヤギさまー」とアオヤギさんを呼んだ。
電話を終えたアオヤギさんは真っ白な顔であたふたしていた。
はじめて見たな。こんなに動揺している姿は。
「アオヤギさん、行ってください」
「え? 行くって」
「産まれるんですよね、お子さん」
「なんでそれを……」
私はアオヤギさんの画集と膝の間に挟まれた赤ちゃんの名づけ本を指差した。
背表紙はくったりとくたびれ、虹のようにたくさんの付箋が貼られていた。
「大丈夫です。アオヤギさんのカレーは私が食べますから。
奥さん、待ってますよ。早く行ってください」
「あ、えっと……」
私は財布を出そうとするアオヤギさんの手を止めた。
やっぱりふわふわしているその手に、歳月を感じる。
瞳も、声も、ずいぶんとやわらかくなった。