春色の屍 【完】
「いいです。お代分はもう、もらってますから。
それより早く行ってください。あ、でも安全運転で。それかタクシーで」

アオヤギさんは目を白黒させてから微笑み、深くお辞儀をした。

ちいさくなっていく背中が完全に見えなくなると、スマホがまた震えた。
差出人はまたもや桐野さんだった。


『こうちゃん、結婚したんだよ。なんと青柳(あおやぎ)先生と。
あ、青柳(・・) ()先生ね。
赤ちゃんも産まれるんだって。
ずっと片思いしてたなんて気づかなかった。』


おめでとうございます、先輩。
心からそう思えた。

高校生の頃のようには、胸はもうひりつかない。
あのときとはまったく別の涙がこぼれる。



――昨日はごめん、シャチ。
駄目だったけど、ちゃんと言えてよかった。ありがとう。



卒業式の先輩は、まるで生ける屍だった。
燃えつきた瞳は笑っているのに泣いているようで、ああ、私じゃだめなんだ、と改めて打ちのめされた。



あの日、先輩の巻いてくれたマフラーは、実家のクローゼットでいまも眠っている。
カレーの代金と比べたら、マフラーの方が高いだろう 。

二人分も食べられるかな。
濡れた目尻を拭って呟くと、お腹が鳴った。

「一名でお待ちのタナカさまー」

「はい」



いってらっしゃい、先輩。

あの日の屍は、もういない。





――― 了 ―――
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