意味がわかると怖い話
穢れなき悪魔
近所に住んでいる海姫ちゃんは、まるで天使のようだと評判な女の子だった。
その名に劣ることなく、まるでどこかの国のお姫様かと思うほどに美しい海姫ちゃん。彼女がひとたび微笑めば、それを見た人々はたちまち彼女の虜になってしまう。そんな不思議な魅力を持った女の子だった。
そんな彼女と幼馴染みだった私は、幼いながらにそれを誇らしく思っていた。
特に秀でた特技や容姿を持ち合わせていなかった私は、大人達から褒められている海姫ちゃんを見ては、まるで自分が褒められているかのような錯覚を覚えた。
誰からも愛される海姫ちゃん。そんな彼女に強く憧れていたのは勿論のこと、彼女の友達だということが私の唯一の自慢でもあった。
そんな関係性が微妙に崩れ出したのは、私達が小学四年生になった頃だった。
夏休みに入り、クラスの子達と数人で近くの川へと遊びに来ていた私達。最初こそ楽しく過ごしていたものの、その内の一人が川に流されてしまったことで、その状況は一変した。
幸い大事に至ることなく救出はされたが、すぐ近くにいたという理由で、私はこっぴどく怒られることとなった。近くにいたという理由だけなら、海姫ちゃんだって同じはず。何故、私が怒られるのだろうか?
そんな疑問を感じながらチラリと海姫ちゃんを見ると、その視線に気付いた海姫ちゃんがニッコリと微笑んだ。まるで天使と見紛うほどの美しさで、私に向けて優しく微笑む海姫ちゃん。
私はゴクリと小さく唾を飲み込むと、クシャリと歪ませた顔で涙を流した。
「……ごめんなさい」
一体、何に対しての謝罪なのか。自分でもよく分からなかった。
こうして、私の中に少しのしこりを残して終わった小四の夏休み。それは成長と共に大きく育ってゆくと、それに比例するかのようにして海姫ちゃんへの憧れはどんどん薄れていった。
事あるごとに海姫ちゃんと比べられた私は、自分だけが悪者にされることに不満を抱き、その吐口としていつしか非行に走るようになっていった。そんな私を最初こそ注意していた両親も、暫くすると匙を投げたかのように静かになった。
その後、高校生になる頃には殆ど疎遠になった海姫ちゃん。同じ学校に進学はしたものの、クラスが別だったこともあり特に関わることもなかった。
ただ、海姫ちゃんの噂だけは時折私の耳にも届いていた。相変わらずの美貌は今でも健在なようで、クラスが別だとはいえ噂する人達はどこにでもいる。それだけ、彼女の存在とは目立つものなのだ。
「また騒いでるよ、男子達。あの女のどこがいいんだか」
「ほんとほんと、皆んなあの顔に騙されすぎ」
友達の由香里と空が、スマホ片手に気だるそうな口調で愚痴を溢す。
この高校へ進学した頃から、自然と一緒にいることの多くなったこの二人。どうやら海姫ちゃんのことを好ましく思っていないようで、私にはそれがとても心地良かった。
そんな二人を横目に鞄からタバコを取り出すと、席を立った私は口を開いた。
「屋上行ってくる」
それだけ告げると、私は一人屋上へと向かった。
上空に広がる曇り空を眺めながら、私は一人、地べたに腰を降ろした。タバコから立ち込める煙はユラユラと上空を舞い、まるで最初から曇り空の一部だったかのようにして溶け合っていく。そんな光景をボンヤリと眺めながら、私はその自由さを羨ましく思った。
「──香奈ちゃん」
不意に呼ばれた声に背後を振り返ると、そこには半年振りに見る海姫ちゃんが立っていた。
「タバコなんて、もう辞めたら? 悪い子と一緒にいちゃダメだよ」
そう言って優しく微笑んだ海姫ちゃんは、相変わらず天使のような美しさだった。
離れたいと願う私の気持ちとは裏腹に、彼女を前にすると簡単に揺らいでしまう。そんな私の気持ちを見透かしたかのように、由香里と空は私の元を離れると二度と帰ってはこなかった。
幼い頃から、まるで天使のようだと評判の海姫ちゃん。彼女は清らかな美しさで人々を魅了し、こうして私の自由さえも奪ってゆく。
そんな彼女は、まさに穢れなき悪魔だ。
【解説】
川に流された子は、海姫がわざと突き飛ばした子。それを目撃した私は、親に告げようとしたが海姫が怖くて言えなかった。それをキッカケに次々と海姫の異常性を目撃した私は、次第に心を病んでゆくと非行に走った。
二度と帰ってこなかった由香里と空は、海姫が事故にみせかけて殺したから。