意味がわかると怖い話
天使と悪魔
ふと気付くと、私は見渡す限り真っ白な空間に立っていた。いや、正しくは浮いているという表現の方があっているのかもしれない。
なにせ、見渡す限り白い空間なのだから、当然境界線などというものはなく、私の足元が地上なのかさえ分からなかった。
(一体、ここはどこ……?)
辺りをぐるりと見渡してみるも、白い空間が広がるばかりで他には何も見当たらない。──とその時、何もなかった空間が突然グニャリと歪むと、そこから現れたのはとても美しい顔をした人物だった。
男性とも女性とも分からないその人物は、私に向けて穏やかに微笑むと口を開いた。
「お待ちしていました、田崎イオリ様」
「……誰、ですか?」
私の記憶する限り、目の前で穏やかに微笑み続けているこの人物に面識はなかった。仮にあったとして、こんなにも美しい顔をした人を簡単に忘れるだろうか?
けれど、私の名前を知っているということは、もしかしたら知り合いなのかもしれない。そんな考えが頭をよぎり、私は目の前の人物をジッと見つめた。
「人の言葉で表現するとすれば、”天使”とでも言いましょうか」
「……天使、ですか?」
「はい」
私の記憶が正しければ、確かに私はマンションから飛び降りた。ということは、ここは天国なのだろうか?
「ここは、天国なんですか?」
「いいえ、ここは天国ではありません。そもそも、天国というものは存在しないのです」
「そう、なんですか……」
「意外でしょうが、”天国”も”神”も存在はしないのです」
「……神様も?」
「はい。強いて言えば、この空間そのものが”神”とでも言いましょうか。”無”から生まれた魂は、生涯を終えると再び”無”に戻り、この地に還るのです」
そう告げると、再び穏やかに微笑んでみせた“天使”。その言葉を信じるとすれば、生涯を終えた私はこのまま“無”となり消えるのだろう。
生まれ変わりなどという第二の人生を少しばかり期待もしていたが、現世での地獄のような辛い日々を思うと、“無”に還るのも悪くはない。そんな風に思いながら、私は静かに天使を見つめ返した。
「本来ならばこうして私が表に出ることはないのですが、田崎様にお話ししなければならないことがあって、こうしてお迎えに上がりました」
「話し、ですか?」
「はい。本来、田崎様の生涯はここで終わる予定ではなかったのです」
「え?」
「人の言葉で言うところの、“悪魔”と呼ばれる存在に変えられてしまったのです」
“天使”ばかりではなく、“悪魔”まで存在していたとは驚きだ。
とすれば、幼い頃から現在に至るまで、イジメ抜かれた人生はきっと悪魔による悪戯だったのだろう。そう思うと、悪魔の存在にも妙に納得できるような気がした。
「それじゃあ……今まで私の人生が不幸続きだったのは、全部悪魔のせいだったんですね?」
「いえ、全てというわけではありません。悪魔が変えたのは、田崎様の“生涯”そのもの。田崎様は、与えられた寿命を全うすることができなかったのです。そこで、私がお迎えに上がったというわけです」
穏やかに微笑み続ける“天使”と名乗る人物は、私に向けて衝撃の言葉を放った。
「今から私が、田崎様の魂を元いた世界へと戻します。田崎様が亡くなった事実は無かったことになり、全て元通りです。この先、まだある寿命を全うしてきてください」
どうやら、この世もあの世も“悪魔”しか存在しないらしい。
【解説】
悪魔が悪戯したのは“生涯”だけ。ということは、不幸だったのは悪魔のせいではなく彼女の運命。
地獄のような日々からやっと逃げ出したというのに、生き返って寿命を全うしろと告げた天使は、彼女からしたら悪魔にしか見えなかった。