まじないの召喚師 ー生まれ変わりの花嫁ー
声とともに、火宮桜陰は駆け出した。
ふいに昨日の痛々しい彼を思い出して、私は祈るように両手を握りしめる。
どうか、火宮先輩が怪我をしませんように。
いくら理不尽俺様大魔王だからといって、傷ついてほしいわけじゃない。
イカネさんの放った氷の矢が六本足の犬の顔にあたると、そこから一瞬で氷が広がり、噛みつこうと大口を開けた体制のまま、全身が氷漬けに。
動かなくなったそれを、火宮桜陰の一閃で上下に分たれ、光の粒子となって消える。
一瞬だった。
人避けの術も消えて、月明かりが照らす。
「容赦ねぇ……」
いや、容赦なんてしたらこっちがやられるわけだけど。
さっきの覚悟を返して欲しいと思うほどにあっけない終わり方。
ここまで圧倒的だと、六本足の犬に同情するわ。
「やっぱり、高位の式神は強いな」
「うふふ」
「ますます欲しくなった」
舌舐めずりして、捕食者の笑みを見せる火宮桜陰に、背筋が震えた。
「イカネさんは渡さない……」
私の唯一の友達をとられてなるものか。
イカネさんを庇うように立つと、火宮先輩が切先を向けてきた。
「勘違いすんなよ。式神だけ譲られても、俺には使いこなせない。お前も一緒だ」
不本意だがって、顔に書いてあるんですよ。
もし、イカネさんが奴を選んだら私は用無しなのでしょう。
なら私は、イカネさんに選ばれ続けることができるように、相応しくあれるように強くならなきゃ。
大型の敵でも、一瞬で凍らせて、一閃で退場させる強さを。
「………先輩、お願いがあります」
「何だ」
これを言うのは不本意だけど、他に頼れる人がいないのだ。
「私に、戦いを教えてください」
彼は、すこし驚いてみせてから、ニヤリと笑う。
「………いいぜ。さんざんこき使ってやるよ」
こんなあっさり許可がおりるとは思わなかった。
しかし、その顔がとてもむかついたので、力をつけたら逃げてやると決めた。
「んじゃ、今日は解散……」
「………」
やる気に溢れているところだったので、肩透かしを食らった気になるが、今は夜。
明日も学校だ。
徹夜はよくない。
「そん顔すんなって。また明日、迎えに行ってやるよ」
「それはいりません」
「遠慮すんなって」
「いや、遠慮じゃなく………」
火宮先輩の笑顔が、大魔王でもうさんく爽やかでもない。
自然に漏れたようなものだったから、驚いた。
隣の中型犬に向けるようなもので、おそらく彼の中で私の地位は、相棒に昇格したんじゃないかな。
………なんて、過大評価も甚だしいな。
せいぜい奴隷が使用人になったくらいか。
いや、ペットかもしれない。
考えると嫌な方に進みそうだ。
やめとこう。
彼は後処理があるようなので、用済みの私とイカネさんは先に帰ることにした。