まじないの召喚師 ー生まれ変わりの花嫁ー
「………っ、イカネさん!」
呼ぶと、目の前を吹雪が襲う。
「呼んでいただき光栄ですわ」
彼女の声に棘があった。
咲耶との一戦で呼ばなかったことを根に持ってますね。
「……あの時はごめん」
「うふふ、なんのことでしょう」
根に持ってますね。
彼女は私の左手に刺さった五寸釘を抜き、投げ捨てる。
床に落ちたそれは凍って動かない。
教室は冷凍庫状態だ。
吐く息は白いけど、あまり寒さを感じないのは、これがイカネさんの術で、そう操作してくれているからだろう。
「それにしても、これ、なんですか? ポルターガイストみたいな?」
動かなくなった五寸釘を見ていると、いきなり消えた。
「え?」
残されたのは、五寸釘を型取られた氷の塊だけだ。
「おそらく呪いでしょう。我々に敵わないと判断して、標的が術者に移ったようです」
「それって、呪い返しってやつじゃ……?」
「ご存知でしたか」
「………まずくないですか?」
「わたくしとしては、月海さんに害が及ばなければどうなっても構わないのですが」
「……この歳で殺人犯とか嫌ですよ」
「ご安心を。証拠など残りません」
捕まるかどうかより、気持ちの問題なんだけどな。
それはさておき、私は理由が知りたい。
一般人な私が、どんな恨まれることをしたというのでしょう。
もしかして、先輩関係でしょうか。
火宮桜陰を嫌う火宮家の誰かが、彼に味方する私を害そうとした、とか。
「それにしては、お粗末でしたが」
私の心を読んだのか、イカネさんが答える。
「熟練の術師なら、もっと威力も高いはず。少々凍らせた程度で撤退する呪いでしたから」
「私は素人に命を狙われたんだね」
「それでも、ここまで形にするのですから、センスはあるのでしょう」
「私がイカネさんを召喚できたように?」
彼女は肯定するように微笑んだ。
広めた当人もびっくりの雑な方法で、私が彼女を召喚したのだ。
それをきっかけに、普通なら関わることもないようなイケメン先輩と交流をもったり、超常能力で戦ったり。
人生、何が起こるかわからない。
「うわ寒っ!」
廊下側から、ここ最近交流を持つようになったイケメン先輩の声が聞こえた。
足音が近付き、想像通りの人物が教室に入ってくる。
女子生徒の首根っこを持ち、引きずるおまけ付きで。
「馬鹿が。外で力を使うなって言っただろ」
「………向こうが先に襲って来たんです。正当防衛ですよ」
私の顔を見て早々、文句をつけてくる彼に、流血の止まった左手を見せる。
スサノオノミコトの力を使えたら、こんな怪我しなかったと思います。
私がまともに戦えないから、イカネさんを呼ぶことになってしまいましたし。
「見られてないので、きっと大丈夫です」
火宮桜陰は眉を寄せた。
怖い顔をしているが、納得してくれてるならありがたいな。
こちとら、先輩のご機嫌取りよりも、気になることがある。
「そちらの方はどなたでしょうか?」
イカネさんが代わりに問いかけてくれた。
「………ああ、話してたら目の前で呪われたから、成り行きで助けただけだ。他意はない」
「呪い、流行ってるんですね」
「五寸釘が飛んできたが、俺の華麗な刀捌きで一瞬だ」
「こっちは、イカネさんの華麗な氷の術で一瞬でしたよ」
ドヤァという顔をされたので、私もドヤ返す。
自分の功績でないことは恥ずかしいが、友人の勇姿を讃えないでどうする。
というか、そっちも力使ってんじゃないですか。
私ばかり悪いように言いやがってこの野郎。
「今、五寸釘とおっしゃいましたか?」
文句のひとつでも言ってやろうと口を開きかけると、イカネさんが入る。
「聞きたいか? この俺の華麗な刀捌きが……」
「月海さんを襲ったのも、五寸釘なんです」
「………なに?」
「もしかして、同じ術師の仕業では……」
「……だったら犯人はこいつだな」
火宮桜陰は首根っこを掴んでいた女子生徒を持ち上げた。
彼女は意識を失っているらしい。
その顔をしばらく見て、思い出した。
いつだったか、火宮先輩に落とし物を拾ってもらう列ができた時、最後尾と書かれたノートを掲げていた人だ。
「火宮先輩のファンの方ですね」
「ふぅん」
「……この野郎」
わざとなのかい?
本気で言ってるなら怒るよ。
先輩と話す彼女の顔は、恋する乙女そのものだったじゃないか。
認知してあげなよ。
「俺に惚れる女は多い。もちろん敵になる男も多い」
「みんな俺に惚れるから今更興味ないってか?」
とんだハーレムですね。
「お前みたいに、俺に靡かない女が珍しいんだ」
「私が異常みたいに言わないでください」
見ていないだけでしょう。
その辺探せば興味ない人いっぱいいますよ。
きっと、たぶん、おそらく………。
だが、影響力があるのは確かなのだ。
なんたって、召喚術を広めた当人なのだから。
「この方が月海さんを襲った犯人………」
「あ、目が覚めた」
目覚めた女子生徒は、私を見て、少しぼんやりした後、首根っこを掴む火宮桜陰を見上げてから悲鳴を上げた。
「きゃああぁぁぁ! なになにっ!?」
その悲鳴は、推しに会った時のそれで。
弾かれるように後退り、壁にぶつかって止まる。
「目が覚めたんだね。心配したよ」
一瞬で爽やか猫を被った先輩。
「そんなっ、わたしなんてっ………」
騙されないでください。
本当に心配していたなら、首根っこを掴んで引きずったりしません。
「五寸釘に襲われたんだ。覚えてる?」
「はい……。わたし、失敗しちゃったみたいで………」
「失敗?」
「道具をもらって、呪う方法を教えてもらったのに、逆に襲われて。………返ってきたってことは、向こうは無傷ってことでしょう?」
「誰に教えてもらったのかな?」
「真っ黒い服を着てる人。顔は覚えてないけど、中年くらいのおじさんだったよ」
「へぇ……」
火宮先輩の問いかけに、ぼうっとしながらもすらすら答えた女子生徒。
これ結局、火宮先輩のせいだったということですよね。
火宮桜陰を慕うファンが、彼に色目を使う私を害そうとした、ということ。
私は色目を使った覚えはないけれど、そう思われるのは気に食わない。
うさんく爽やかイケメンの皮をかぶる先輩を睨みつける。
彼は気にした風もなく、完璧な笑顔で女子生徒を教室の外へエスコートした。
「いろいろあって疲れたでしょ。今日はもう帰りな」
「はいっ!」
女子生徒は火宮先輩に促されるままに教室を出ていく。
足音が完全に遠ざかってから、彼は難しい顔をした。
「どうかしましたか?」
「…………いや、後で話そう。まずは稽古場に行くぞ」
「うん……」
煮え切らないが、ここでは話せないことなのだろう。
稽古場の使用時間も限られている。
話なら、焚き火をしながらでもできることだ。