まじないの召喚師 ー生まれ変わりの花嫁ー




私は追い立てられるように走っていた。


なぜなら、あの理不尽俺様大魔王、火宮桜陰との訓練に大遅刻しているのだから。



ちくしょう、あの女子どもめ。



本人の目の前では言えないが、思うだけなら自由でしょう。

きみたちは、火宮先輩を知らないからあんな呑気なことを言ってられるのだ。


爽やかイケメンの皮をかぶっているが、本性は悪魔の顔した理不尽俺様大魔王なのだ。


いつも彼と合流する地点を過ぎても、彼の姿はない。


約束しているわけではないのだ。


待っているはずもない。


鬼の形相で怒っているのを想像して、背筋が冷えた。


またしばかれる。


謝罪を送ろうとスマホを見ると、その人からメールが届いていた。

足を止めずそれを開くと。



今日は任務があるから訓練はなし。

彼の準備が出来次第、迎えに行く。



とのことだ。

足を止め、息を整える。



「………ふぅ…………ん?」



遅刻でなかったことを嬉しく思いながら、ちょっと待てよと思いとどまる。


火宮桜陰に任務があるから、訓練はできない。


それは構わない。

問題はその後。



迎えに行く、それはつまり、連れて行くということで。

まだ戦力にならない私にも、出動しろとおっしゃっている。


実戦に勝るものはないとスポーツでも言われる事だから、強くなる方法としては理にかなっているのだろう。

だがしかし、何にもできない素人が放り出されてよい場所ではない。


素人が強者と戦った時、何もわからず負けるより、ある程度のレベルの者が、強者とあたるほうが得られるものが多くなるように。

ある程度の実力が保証されるまでは稽古場で訓練の日々かと思っていたのだけど。


鬼か。

………いや、大魔王だった。


何もわからない初討伐に連れて行かれたことは記憶に新しい。

あの時のイカネさん、かっこよかった。

氷の弓矢で足止めして、火宮桜陰がまっぷたつに切り裂く。

あれを私に置き換えてみる。


イカネさんのアシストで華麗に妖魔を討ち果たす私。


……イイ。


これぞ相棒って感じ。

やっぱり剣術もまともにしないと格好がつかない。


………がんばろ。


自宅に向かうため回れ右して、胸元に揺れる十握剣を服の上から握ると。



「お。気合い入ってんじゃねぇか」



背中から聞き慣れた声がした。



「げっ!」



振り返って、後悔。

火宮桜陰と遭遇、中型犬のヨモギ君も一緒だ。

ケモ耳では外を歩けないゆえの策である。



「お前から迎えに来てくれるとは、結構結構」



上機嫌の彼の横でヨモギ君が鼻を鳴らす。

くるしゅうない、とでも言ってそうだ。



「すみません、今メール見ました……」



「あぁん?」



火宮桜陰の目が鋭くなる。



「一度家に帰らせてください」



祈るように手を組んで、彼を見上げる。



「………仕方ねぇ。任務開始までは時間があるからな」



「やった、ありがとうございます。それでは私は走って帰りますので、先輩はゆっくり歩いて来てくださいね!」



ガッツポーズから流れるように腕を振り、自宅に走る。

全力疾走は体力がもたないことはわかっている。


ジョギング程度に流して、息が上がる程度で自宅に着いた。


幸いなことに、家族は誰もいなかった。

自室にカバンを置いて、軽く汗を拭き、Tシャツ半ズボンに着替えて家を出る。


火宮桜陰と中型犬ヨモギ君は、家の前に居た。


ゆっくり歩いて来てって言ったのに。

早いよ。



だとしても、礼儀としてこう言う他あるまい。



「お待たせしました」



「本当に待った」



「ワフッ!」



イラっとした。



そこは今来たところ、とかさ、気遣いがあっていいものではなかろうか。

いや、この大魔王様に言っても無駄だ。

俺様な奴はそんな気遣いなどしまい。

遅刻したのは私だ。

不本意だが、甘んじて受け入れよう。



「行くぞ」



颯爽と先を行く火宮桜陰の横を、中型犬ヨモギ君が付き従う。


私は彼らの数歩後ろを歩く。



「……おい、遅いぞ」



わざわざ振り返って声をかけてきやがった。


私は早歩きをして追いつく。



「わざと距離とってるんですよ。わかってください」



「何故」



「てめぇ………」



こちとら、貴様と一緒にいるところを見られたせいで面倒なことになったというのに。

しばくぞこら。

できないけど。

怒りを抑えていると、手を握られた。



「何のまねですか」



「面倒だから引っ張って行く」



「はぁ!?」



やめてくれ。

誤解を生みそうだ。


握られた手を振り回しても、はずれない。



「はっはっは。手が駄目なら腕を掴もうか」



「………やめてください」



私は肩を落とした。

目立ちたくないのだ。

手を繋ぐのと腕を掴まれるの、どちらがマシかを考えた結果、手を繋ぐ方がマシだと判断。


少しでも顔を見られないよう、前髪で目を隠した。



どうか、誰にも見られませんように。










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