まじないの召喚師 ー生まれ変わりの花嫁ー
行きにヨモギ君が大型化したところで、私はその背から飛び降りる。
「んじゃ、学校で」
「………………学校で……」
手を振ると、火宮桜陰はヨモギ君に乗ったまま去っていった。
あのまま家まで帰るつもりかな。
いやでも、ヨモギ君のことは家の人達に知られていないのだから、少し離れたところで中型犬になるのだろう。
私は前髪を横に流して、ひとりとぼとぼと帰路につく。
かといって、のんびりもしていられない。
今日も学校なのだ。
イカネさんが隣にいてくれたらよかったのに、大魔王が返しやがったから。
『月海さんのためです。無理はよくありません』
考えを読んだのか、イカネさんが語りかけてきた。
分かってますよ。
霊力が不足すると、体調不良になり、場合によっては命に関わる。
そして私は、昨日の夜から明け方にかけて、大量の神力を消費したばかりだ。
水の馬車が消えて、イカネさんの柔肌に傷をつけてしまったことは記憶に新しい。
今のところ、身体的になんともないから自覚に乏しいわけだけど。
『やっぱり、イカネさんがそばにいてくれた方が回復が早いと思うんだけど』
『いけません』
こちらの希望はやんわりと止められた。
自宅が近づくと、なんだか違和感。
不思議に思いながらも、自宅が見える位置にくると、玄関に人影がひとつ。
こんな早朝にお客さんとは、誰だろう。
顔を認識できるくらいに近づけば、それは、妹のスーツケースを持った火宮陽橘だった。
彼も私に気づいて、片手をあげる。
「お姉さん、朝帰り?」
そちらは妹と一緒にご登校でしょうか。
だとしたら、その荷物が似合わない。
修学旅行の時期でもないし、学校サボって旅行か何かかな。
返答に困って、とりあえず無難に挨拶することにした。
「えっと、ただいま………?」
「うん、おかえり」
彼から視線を逸らすように周りを見る。
庭や家がところどころ焦げていた。
花火でもしてて、燃え移ったのでしょうか。
「昨日の夜、うちの家の者が咲耶を狙ったんだ」
噴き上げ花火と打ち上げ花火を間違えたところを想像していると、火宮陽橘が教えてくれた。
「お姉さんはちょうど留守にしてて気づかなかったみたいだけど」
帰らなかったことに対する嫌味かな。
どう言い訳すべきだろうか。
あなたの代わりに、お兄さんと任務で海に出掛けていました。
なんて、言えるはずもない。
「………」
「………驚かないんだね」
咲耶が狙われた事についてなら。
「………十分驚いておりますとも」
火宮家が咲耶を狙う訳がわからない。
次期当主の花嫁として大々的に披露され、認められた。
そんな彼女を襲うとしたら、陽橘の次期当主就任をよく思わない者。
実は、桜陰の味方が火宮家にいたのでしょうか。
「……冗談だって思ってる?」
事情を知らない人が聞いたならそうかもしれないね。
でも私は、火宮が術師の家系ということは知っている。
そして、スサノオノミコトであることを知られたくないから、一般人を装うのだ。
「それとも、知ってた?」
あれ、これ、疑われてる?
だが、今回咲耶が狙われた件に関しては無実だ。
どう回避するか頭を悩ませていると、玄関から妹の咲耶が顔を出した。
「お待たせハルくん。お母さんたちも準備できたよ。……………あ、お姉ちゃん、帰ってきたんだ」
ナイスタイミング妹よ。
「うん、ただいま」
「どこ行ってたの? 昨日は大変だったんだから。お父さんとお母さんもハルくんの家に泊めてもらって、今は荷物を取りに来たの」
「犯人は捕えたけど、また襲われたら危ないからね。しばらくは僕の家で咲耶の家族を面倒見ることにしたんだよ」
「仕方ないから、お姉ちゃんも連れて行ってくれるんだって。ハルくんの優しさに感謝しなさい」
「こんなんでも咲耶の家族なんだ。当然だよ」
イチャイチャしだす二人。
火宮家親戚の集まりの時、あんな事があったから心配になったが、杞憂だったようですね。
仲睦まじいようでなによりよ。
「学校終わってから、荷物持ってお邪魔しますね」
「うん、待ってるよ。お姉さん」
「ハルくん、浮気?」
「咲耶が一番だよ」
「キャッ! ハルくんったら」
打算しかないくせに、どの口が言うか。
いや私には関係ないからいいんだけどね。
イチャイチャする二人の横を抜け、家に入る。
シャワーを浴びて汗を流し、制服に着替えた頃には家族の姿はなかった。
私は家の鍵を閉めて、登校した。