まじないの召喚師 ー生まれ変わりの花嫁ー



予想に反して、今日の訓練はあった。


妹は天才的美少女、彼氏は国宝級イケメン。

彼女らも囲まれないはずがなかったのだ。


きっと今頃ふたりそろって学校中に惜しまれていることだろう。


さて、桜陰先輩についてだが、あの囲みをうまく振り切ったらしい。

火宮家に帰って即、入り口で待ち構えていた彼に稽古場に連れ込まれ、無言でひたすらボコボコにしばかれた。


容赦なかった。


少々スッキリした顔をした先輩と、傷だらけで仰向けに倒れている私。

事情の知らない人が見たら、犯行現場だ。

理不尽な扱きに、涙が出そうである。

いろんなところから汗は噴き出ているわけであるが。

床が冷たくて気持ちいい。

息がだいぶ落ち着いたところで、先輩が声をかけてきた。



「お前、高みの見物とはいい度胸だな」



そんな状況での第一声が、これか。



「………なんの話ですか?」



「俺が帰る時、女子どもに囲まれてるの、見てただろ」



「確かに見かけましたけど、それが何か?」



もしやボコボコにされたのは、そこに突入しなかった腹いせですか。

誰もが先輩との別れを惜しんでるわけないじゃないですか。



「何かじゃねぇよ。………せっかく俺のものってお前を紹介する気だったのによ」



「私と先輩は、そんな関係じゃないでしょう?」



こいつ、爽やか笑顔で私を人身御供にしようとしやがった。



「ちょうど夏休みに入るんだからいいだろ」



人の噂も七十五日っつうだろ、おとなしく犠牲になれ。

と言われている。



「よくないですよ」



もちろん断固拒否である。

最近忘れがちであるが、学校一のイケメンと言われている先輩相手に、七十五日で消えるものか。

尾ひれどころか羽まで生えて、夏休みが明ける頃には討伐困難なとんでもない怪物ができあがるに決まっているわ。

私、いじめられからの不登校まっしぐら。

今でさえ、噂が完全に消えたとは言い難いのに。

今日だって、追手をまくことは忘れない。

火宮家の出入りには細心の注意を払ったのだ。



「なんなら、望み通り関係を進めてやってもいい」



「………っ!」



顎をくいと持ち上げられて、至近距離で目を合わせられてどきりとする。

顔だけはいいから目に毒だ。

顔が熱くなるのは条件反射というか、距離感に慣れない緊張のせいである。



「…………お断りします。そんな関係じゃないので」



先輩の顎を両手で押し上げて、視線を外す。

なにより、俺様の誘いは断らないよなって感じが腹立つ。

今は力をつけるため仕方なくであって、望む関係は、赤の他人です。

あの顔がイカネさんのものだったら、遠慮なく見てられるのに。

関係進めるの大歓迎ですのに。



「へぇ? そんな可愛い顔して、どんな関係を想像したのか、聞かせてほしいな」



しつこいな、大魔王様よ。



「イカネさんはやらん!」



「なぜそこで式神が出てくる」



取っ組み合い第二戦が始まろうとした時。

稽古場の扉が開き、中型犬のヨモギ君が入ってきた。



「ご主人様、あいつらかえってきた!」



「おお、そんじゃ出るか」



先輩はヨモギ君をひと撫でしてから、稽古場を出ていく。

ボロ雑巾の私は放置かい。

しかし、妹と弟君が帰ってきた以上、いつまでもこんなところで転がっているわけにいかない。

なぜあいつらのために我慢せねばならんのかと思ったこともあるが、地位というものがある。

鉢合わせて、使用禁止令でもだされたら厄介だ。

痛む身体に鞭打って、稽古場を出て自身に与えられた部屋へ行く。

稽古場は自動修復機能が無人になれば発動するとのこと。

数分もすれば汗のあとも、凹んだ床も元通りである。


いっそのこと怪我も治してくれたらいいのにね。

今日の風呂はしみそうだ。


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