まじないの召喚師 ー生まれ変わりの花嫁ー



ヨモギ君は中型犬の姿をとって、先輩の後ろから彼らに吠えた。



「ヨモギ、大人しくしてろ」



先輩の静止の声で、唸るだけにとどまる。

主人の敵に立ち向かおうとする、立派な忠犬だな。



「……兄さん、どこでこんな犬拾ったの?」



「こんなのがご主人様なんて、カワイソウ」



ヨモギ君を一瞥し、火宮陽橘と天原咲耶が嘲笑う。

先輩は無言で睨みつけるだけだった。

私は足下を見たまま、ギリっと奥歯を噛みしめる。

先輩が耐えているのに、私が何かするわけにいかない、というか恐怖で動けない。

幼い頃からの刷り込みとは恐ろしいもので。
逃げ出しそうになる体を、ペンダントを強く握って耐える。

火宮家親戚の集まりの日の私、よく咲耶に立ち向かえたね。

姿が見えないところではなんとでも言えるが、正面から喧嘩を売るなんて、頭のネジがぶっ飛んでたとしか思えない。

彼らはひと通り笑いものにして満足したのか、話題が移る。



「探したんだよ、お姉ちゃん達がどんな不憫なキャンプを送ってるのか見てあげようと思って」



「そしたら、こんなお札とか貼っちゃってさ。こんなので隠れたつもりかな? 一般人には効果があるかもしれないけど、僕達には効かないよ」



結界が破られたことで効果をなくしたお札が落ちている。

火宮陽橘はそれを拾って眺めてから、先輩に突きつけた。



「兄さんのじゃないよね。どこでこんなお札手に入れたんだい?」



「…………」



「答える気はないんだ。いいよ」



弟君は、拳から人差し指と中指を伸ばしたものを先輩に向ける。

先輩はヨモギ君を抱えて飛び退くと、先ほどまで先輩がいた場所に太い火柱が立ち上った。



「クソ、初日から来るかよ!」



「待ちなよ兄さん」



山の奥へと消える先輩を弟君が楽しそうに追う。

狩りの始まりってか。


残ったのは、私と咲耶。

さて。

咲耶も彼氏君を追って欲しいところだけど、私だけ無事とは思えないなぁ。



「お姉ちゃん」



穏やかな声をかけられ見ると、綺麗に微笑っていた。

冷や汗が背中を伝う。



「言ってなかったけど、アタシね、神様の生まれ変わりなんだって」



知ってる。



「ここにアンタたちがいるのを知ってたのも、山に教えてもらったから」



彼女は植物使いだ。

考えればわかることだった。



「隠れても無駄だよ。美少女なアタシの唯一の汚点。不細工なお姉ちゃん」



反射で飛び退き、構える。

咲耶は大輪の薔薇の中心に座り、周囲には鋭い蔦が生えた。

全ての先端が私に狙いをつけている。



「ずーっと邪魔だったんだよね。超常の力なら事故扱い。アタシがやったってバレないから、死んで」



次々襲ってくる蔦たちを身体強化でなんとか回避。



『月海さん!』



「大丈夫」



イカネさんを喚ぶのは今じゃない。

身体強化は腐らないってほんとですね。

今日1日、先輩にしばかれた甲斐があった。

なんだかんだ言って、先輩は、私が生き残るための知恵をくれている。



「キモッ、こんな状況で笑ってるなんて、頭おかしいんじゃないの?」



妹の軽蔑で、私の口端が上がっているのに気づいた。

さっきまで怖くて震えていたのに、先輩のことを思い出しただけで勇気をもらえる。

そうだ、先輩も今、弟君に追われていて大変なんだ。

助けに行きたいけど、私は足手まといになること必至。

となると、私の役目は咲耶を弟君と合流させないことになる。

つまり、ひとりで咲耶の相手をするということで。



「さっさと捕まってよ!」



癇癪をおこしたように叫ぶ彼女に呼応して、蔦が激しく暴れ回る。

見境なしか。

寝る予定のテントも、明日以降の分の食材も、無慈悲に蹂躙されていく。

全て壊される前に、早くこの場を去らなければ。

迫る蔦を躱しながら、先輩が消えたのと別の方向に走った。



「アタシ、追いかけるのってキライなの。みんな、やっちゃって!」



咲耶の命令で、地面からむくむくと何かが生えてくる。

それはやがて人型をとり、私に襲いかかってきた。



「怖っ!」



植物の少女、アルラウネだ。

マンドラゴラがいないのは、彼女の美意識に反するからだろうか。

彼女達も植物の鞭を振るってくる。

数が多くて厄介だ。

とにかくひたすら逃げる。

木々の向こう、光が見えて、そこに飛び込んだ。

山の頂上の開けたここは、月明かりに照らされて周りがよく見える。

中心に立ったところで、咲耶がアルラウネを従え追いついてきた。



「追いかけっこはおしまい。お前はもう包囲されている、ってね」



月の光に照らされていないところは、アルラウネ軍団が取り囲んでいる。

もう逃げ場はない。

遠くの方で火柱が上がった。


先輩は無事でしょうか。

最後に少しだけ格好悪く足掻いてみますが、私はもう、ここまでのようです。

私にしては、頑張った方だと思いませんか?

あとで褒めてくださいね。



『月海さん!』



ごめんイカネさん、先輩をよろしくお願いします。

ペンダントを握り覚悟を決めた瞬間、何か良くないものの気配がして、振り返る。



「なに? まだ逃げられると思ってるの? …………え?」



咲耶も気づいたらしい。

私を挟んだ反対側が、何者かの襲撃を受けていることに。



「アンタまだ仲間がいたの!? ずるい!」



仲間じゃないし、ずるかないよ。



闇から這い出てきた、闇が膨れ上がる靄のようなそれは、人型死霊の群れだった。

先頭で死霊を率いるその男は、焼けこげた衣服を纏い、覗く肌は酷い火傷跡でただれている。



「ミツケタ、ウマレカワリ………」



しわがれた声は、火傷の後遺症だろうか。

彼が腕を持ち上げれば、死霊の群れがこちらを飲み込むように広がる。



「花たち、やっちゃって!」



アルラウネは死霊の群れに向かっていったが、程なく全て飲み込まれ、枯れる。



「嘘っ………!」



咲耶の植物達は、形なきものに無力だった。

死霊達の怨嗟の声に場が汚染される。

息が苦しくなり、体が重くなり、視界が暗くなる。

その場に崩れるように倒れたところで、私は意識を失った。


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