まじないの召喚師 ー生まれ変わりの花嫁ー
この強風で一方的にやられていたんですね。
何とかしてくれると信頼を込めて、名前を呼ぶ。
「イカネさん!」
「はい」
私の声を合図に、イカネさんは雷でできた弓矢を構え、放つ。
それは蛾の羽に穴を開け、向こうの壁に刺さる前に消えた。
飛行能力を失った蛾が落ちてきたところを、距離を詰めた男子生徒が下から上に切り裂くことで、蛾は光の粒子に散った。
あんな大怪我で動けるなんてすごいなぁと、音のならない拍手を贈る。
現在この場に残ったのは、破壊された体育館と、ボロボロの男子生徒と、彼に駆け寄る薄汚れた中型犬。
そして、体育館入り口にいる無傷の私とイカネさん。
「………っ、はぁっ………」
男子生徒は刀を鞘に収め、駆け寄ってきた中型犬を撫で回す。
「よくやった、ありがとな」
「わふっ!」
中型犬は男子生徒の頬の血を舐めとる。
仲睦まじいようでなにより。
穴の空いた天井から見える空は、禍々しい雲が消えて星が瞬いていた。
「イカネさん」
「ええ、終わりましたね」
もう一度彼らに視線を戻すと、中型犬に舐めまわされた男子生徒の傷は治って、その整った顔を晒していた。
用もないので帰ろうと踵を返すと。
「おい」
呼び止められた気がしたが、面倒な予感しかしない。
逃げる一択でしょう。
イカネさんの手を引いて体育館を離れ、校門を出て、ファミレス近くまで来た。
「はあはあ、げほっ……」
運動不足が祟って、吐き気が……。
目の前をライトをつけた車が走る。
ちらほらと寄り道帰りの学生もいて、ファミレスの人たちも動き出していた。
いつもと変わらない人通り。
街灯や店、車のライトがないと見えない視界。
どうやら、人避けの術は解けたようだ。
時計を見ると、夕飯の時間になるところだった。
「あー、さすがに帰らないとだ」
「そうですか。もう今日は大丈夫かと思いますが……」
「うん、付き合ってくれてありがとう。よかったらまた明日も遊んでくれると嬉しいな」
「え、ええ………」
「イカネさんのお家はどこ? あ、私はここから徒歩20分くらいのところなんだけど」
「わたくしの住まいは天界にありますが……」
「天界、すごい。私じゃ遊びに行けそうにないな」
「ええ……」
「じゃあ、また明日」
「……はい、では、お呼びいただければ馳せ参じますので」
「あははっ、なにそれ」
私はイカネさんに手を振りながら、自宅の方に歩き出す。
時々振り返るとまだイカネさんがいてくれるので、大きく手を振る。
イカネさんも振り返してくれて、私はまた数歩家に向かう。
それを曲がり角で姿が見えなくなるまで続けた。
否定の言葉を聞きたくなくて、たたみかけるようにこっちの要求を言ったけど、受け入れてくれた。
とてもいい人だ。
私と友達になってくれたこと、後悔はさせない。
何かお返しできるようになりたいな。