彫刻
やっとの思いで着いた物置小屋は、いつ朽ち果ててもおかしくないぐらい古いものだった。薄い板一枚の壁は、何枚かはがれ落ち、隙間だらけだ。入り口の扉も強風かなにかで飛んでしまったのか、ちょうつがいごとなくなっている。

しかし、妙である。こんな状態にもかかわらず、誰か使おうとしたのか、ところどころ、トタン板で補修している。

薄暗い小屋の中には、古いがまだ使えそうなテーブルと椅子が2脚置いてある。中の広さは4畳半といったところだろう。いったい何に使おうとしたのだろうか。

中はあまりにもかび臭かったので、中に入るのはためらった。入り口の枠に手を添えて、頭だけ入れて見渡した。とその時、手のひらがチクリとした。

「痛っ!」

入り口の枠に添えていた黒川の手のひらにとげが刺さったのだ。

「あ、大丈夫ですか?」

様子をうかがっていた林が心配して声をかけた。

「大丈夫です。それより、これは・・・」

とげが出ていたのは、さっきの民家で見つけたのと同じ傷のせいだった。黒川は思い切って中に入ってみた。

黒川の目の位置から下の壁という壁に無数の引っかき傷。そして壁の下にはたくさんの切りくずが落ちていた。ジグザグにそして縦横無尽に深く削られたその傷には全く意図が感じられない。

もし、人間がつけたものなら普通の精神状態とは到底思えない。もう獣に間違いないだろう。

「林さん、ちょっと見てもらえます?この傷、熊かなにかですかねぇ?」

「え?どれです?あ~、これ彫刻刀で付けた傷のようですね。どれも同じ太さだし、ほら、ここ、半円の傷がたくさんささくれ立ったとこがあるでしょ。何度も深く突き刺した痕ですよ。確かこの形、丸刀っていうんじゃなかったですかねぇ」

「彫刻刀?だったら人間ですよねぇ。どう思います?壁じゅうにつけられたこの傷跡」

「うわぁ~、ほんとだ。こりゃ正気の沙汰じゃないな。鳥肌がたちますよ」

これがもし20年前、村人を襲った犯人が残したものなら、獣なんかじゃない。人間の仕業だ。

あるいは・・・『不意に現れるもの』・・・。
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