彫刻
「ちょっと前置きなんですが、ここの霊峰は名の知れた山ですから、私がまだ子供の頃は巡礼者や、登山客でけっこう賑わってたんですよ。シーズンになると時々旅館に泊まれない客が出るほどでしたから」

「そんなときにね、部屋に余裕のある民家が、あふれた客の面倒を見てたんですよ。村の繁栄の為とかで、村や旅館からいくらかもらってね。で、ある日、旅館の要請があって、親子を、うちで面倒見ることになったんですよ」

「泊まったのは母親と小学生ぐらいの男の子で。子供は私と同じぐらいの背丈だったから3年か4年生ぐらいだと思います。気持ち悪いぐらい痩せてましたね。ひどい人見知りらしく、いつも母親の陰に隠れてるような子供でしたよ」

「母親の方は物静かで礼儀正しく、とてもきれいな目が印象的でした。服をつかんでしがみついてくる息子をとても優しそうな目で微笑んで見てました」

「親子は、ここへくる途中、汽車で知り合った団体客と一緒に登る約束をしたとかで、あくる朝早くに、この家を出発したんで、私はその親子とはそれっきりだったんですが・・・・」

「その主人の話では、その親子、山で火災事故にあって、焼け死んだっていうんですよ」


林はもう一度お茶を飲み干し、そのときの二人のやりとりを話し始めた。


もうどこかで一杯やってきたのだろう、その夜、主人はほろ酔い気分で一升瓶片手に入ってきた。

「林君も一杯やるかい?慣れない都会で退屈してるんじゃないのかい?」

「ああ、ご主人、すいません。じゃ、一杯だけ」

「寝苦しい夜は、一杯やりながら、怪談話、これに限るな。それでだ、君にとっておきの怖い話をしてやろうと思ってな」

「怖い話ですか?私こう見えても臆病なんですよ。お手柔らかにお願いします」
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