彫刻
取材交渉
黒川は手際よく取材相手に簡単な礼と清算を済ませ店を飛び出した。

決して人通りが少なかったわけではないが、すぐに男の姿を見つけることができた。体形は中肉中背、安物の背広姿で平凡なサラリーマン風だったが、異常に猫背だったのだ。頭を傾けたまま手をまっすぐ上に挙げタクシーを探すその姿は非常に滑稽だった。恐怖で人と目を合わせることのできないその男の姿に哀愁さえ感じた。

黒川は急いでその滑稽な男に駆け寄り、このチャンス逃すまいとばかり声をかけた。

「あの、ちょっとすみません!」

「は?私に用ですか?」

目を合わせようとせず、手だけを下ろし返事をしたその男は、少し酔っているようだったが、しっかりした口調だった。

「わたくし、こういう者なんですが、ちょっとお話を聞かせてもらえませんか?」

黒川は名刺を差し出し、男の表情をうかがった。

男は不快な表情を浮かべた。取材交渉の第一段階としては最悪の表情である。

「あんた、あの店にいた人だね。うかつだったよ、隣に雑誌記者がいたとはな。何が聞きたいのか知らないが、もう帰るところだ、悪いね」

男は、その不快な表情どうりの口調で言い放った。ますます状況が悪い。

こういうとき、あいまいな言葉を並べたてるようなことはしない方がいい。黒川は単刀直入に切り出した。

「ぜひ、あなたの中の恐怖を、聞かせていただきたいんです」

「なんだいきなり!話を立ち聞きしてたんなら、俺が話したくない意思も伝わっただろ!もう帰って寝たいんだよ!ほら見ろ!一台タクシーを見過ごしたじゃないか!もうほっといてくれないか」

「ごめんなさい、あ、わたし車なんです。お詫びに家までお送りしますから」

『粘りの黒川』本領発揮である。強引に腕をつかんで駐車場へうながした。

「おいおい、強引だな君は。いつもこんなことやって・・・」

黒川は、男の言葉を無視して駐車場の車の前まで引っぱりこんだ。助手席の扉を開け、「どうぞ」とにっこり微笑む強引な彼女に石田はあきれた。

渋る石田をなんとか説得し、だいたいの道順を聞きだした黒川は車を夜の通りへ滑らせた。
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